( 5 )従業員単位での作業データの収集と原価計算対象の特定

高精度な労務費原価計算の中心となる、従業員の業務内容と時間のデータの収集についてコメントいたします。

収集する作業の区分

まず、原価計算によって結果を得たい業務を特定する必要があります。ここを押さえていないと、何のためにやっているのかがわからず、当然のことながら出てきた結果も使えないものとなり、原価計算事務それじたいがムダとなりかねません。

原価計算の目的は、最終的には経営管理ですが、いっぽうで、財務会計や税務申告のための基礎情報を作る目的もあります。そこで、計算にあたっては会計基準や税法を念頭に置く必要があります。

あらかじめ、どんな区分が求められており、どうすれば把握・集計できるのかを、具体的作業に即して検討しなければなりません。

たとえば、市場販売目的のソフトウェアを制作する場合、会計基準では次の作業ごとにコストを把握・集計する必要があります。

  • 既存ソフトの機能の著しい改良に要した作業
  • 既存ソフトの機能の維持に要した作業
  • 既存ソフトの機能の著しくない改良に要した作業
  • 購入したソフトの導入やカスタマイズの作業
  • 既存ソフトのマイナーバージョンアップの作業
  • 既存ソフトのメジャーバージョンアップの作業

これらの作業は、さらに各プロジェクトなり各製品ごとに分かれることになるため、区分はより細分化することになります。

これらの区分で集計された原価(金額)が、会計上、費用になったりならなかったりするわけです。

細分化されていればされているほど、「この業務(製品)に係る労務費は、製品の販売を開始したので減価償却を開始する」「この業務(プロジェクト)に係る労務費は、まだプロトタイプすらできていないため減価償却すらできない」「この(プロジェクト)に係る労務費は、開発計画を中止する決定がなされたので、すべて損失として処理する」ということを極めて説得的に処理できることになります。

とはいえ、作業内容の区分にはキリがありません。細かくしようと思えばとことん細かくできます。たんに原価計算だけでなく、いわゆる勤怠管理や人事考課の目的にも利用しようとすれば果てしなくなります。

しかし、あまりにも細かい情報を収集したところで、その細かい情報をうまく評価・活用できなければ意味がありません。しかも、経営管理のために従業員等に情報を求めすぎると、モラル(士気)の低下を招くことになり、本来の業務に支障をきたす本末転倒なことになってしまいます。コストとベネフィットのバランスを取ることが重要といえます。

従業員ごとのタイムシートの収集と検証

原価計算は、月間に発生した各従業員の給料等の金額を、その月間の作業時間を基準に各業務ごとに配分します。

月間の作業時間は従業員単位でのタイムシート(日報)を合計したものです。このため、個々のタイムシートの信頼性が極めて重要となります。

作業については、つい作業内容を細かく分けて従業員に求めがちです。しかし、細かくなればなるほど作業を実際に行う従業員の入力ミス等によりデータそのものの信頼性が落ちたり検証のための負荷がかかります。

作業時間の集計にあたっては「分(minutes)」をどう処理するかが重要です。最終的には60進法を10進法に変換しますが、これを従業員単位のタイムシートで行うか、従業員のデータを集計したワークシートで行うかを決めておきます。

重要なのは、個々の作業内容ごとの時間の合計が、月間の作業時間合計とピタリ一致することです。そのためには、ワークシートのセルに表示されていない単位未満の数値がないかどうか確認しましょう。ここを確認し、端数調整せずにピタリ合わせることは不可能です。

タイムシートの検証にあたっては、労働時間の整合性だけではなく、作業の選択についても、従業員ごとに解釈のばらつきがないかをチェックします。

ところで、時間外手当、残業手当や休日手当などが生じる時間に何の業務をしていかは別途押さえておく必要があります。 なぜなら、これらの作業には割増賃金が発生しますが、この割増賃金は、その時間帯に従事していた業務に直接割り当てられるべきだからです。 これを怠ると、割増賃金は給料支給額の合計額に合算され、期間中の労働時間合計に対する各作業の比率で割り当てられてしまうため、計算上合理的でないからです。

割増賃金の計算方法も押さえておきます。原価計算上、割増賃金額の暫定額(見積額)を算定することもあり、その場合に割増賃金の計算ルール(「〇分未満は切り捨て」など)が重要だからです。

原価計算の対象となる業務(作業)の特定と時間の集計

従業員等に報告させるタイムシートには、日々の作業内容と作業時間が記録されています。

原価計算のそれぞれの目的に応じてまとめ上げていくのです。

なぜ、タイムシートの作業内容でそのまま集計しないのでしょうか。

それは、会計基準について個々の従業員に説明しても、その理解度などにはバラツキがあります。むしろ、単純な形で従業員には報告を求め、そのうえで、会計基準をあてはめて集計対象を特定するほうが間違いは少ないからです。

また、集計対象を特定するその判断も、誤っていることがあります。その場合、もし、誤った判断を基礎にして従業員にタイムシートの報告を求めていた場合そのリカバリーはかなり困難ですが、集計対象の特定のレベルでの判断の修正は、タイムシートの結果はそのままに、その集計内容の修正で済むことと、また、第三者への説明も付くことになります。

会計上の目的でのまとめ方でいうと、会計で最終的に重要なポイントは次のとおりです。

  • 製造費用となるのか一般管理費となるのか
  • 費用なのか資産の取得価額を構成するのか

ソフトウェア開発業の場合、会計基準(研究開発費等に係る会計基準)によれば、具体的には次のようになります。

  • 研究開発から最初に製品化された製品マスターの完成までのコスト・・・費用処理(研究開発費)
  • 製品マスターの完成からソフトウェア完成直前までのコスト・・・資産処理(ソフトウェア仮勘定)
  • ソフトウェア完成後・・・本勘定振替と減価償却(ソフトウェア、減価償却費)
  • その後の機能維持のコスト・・・費用処理

従業員単位のタイムシートを集計したあとで、上記のタイミングで計算対象となる時間をあらためて区分するのです。

タイムシート上では同じ作業であったとしても、月中のなかで会計上の処理が異なるため、集計対象が別になるからです。

たとえば、ある日までは研究開発費(費用処理)として集計・計上される作業が、ある日からソフトウェア仮勘定(資産処理)で集計・計上されることもあります。

たとえば、ある月の15日に製品マスターが完成した場合には、その月の1日から15日までのその作業に係る労務費と作業時間が会計上は費用(研究開発費)となり、16日以降の労務費と作業時間は資産(ソフトウェア仮勘定)となるのです。

そこで、タイムシートをあらためてチェックして、その日の前後の作業内容や割増賃金などについて、どちらに集計するかを確認します。

集計対象の特定と集計での注意点

タイムシートから収集した情報を、実際の原価計算のために再び再構成する・・・ここが経営的判断や会計的判断を伴うポイントとなります。

集計対象の特定については、会計的(税務的に)な判断がしにくいところがあり、故意はまったくなくても、当初の判断と一定の時間が経過した後の判断では異なることはあります。

「集計対象の選択のしかたがそもそも間違えだった」「集計を始めるタイミングがおかしかった」「やっぱりこの作業はふたつに区分して集計すべきだった」など後になってから思うこともあります。

重要なのは、データをどちらかといえば批判的にチェックする側(監査や税務調査)に対していかにデータを信頼してもらえるかという点です。

と申しますのも、そもそも作業の内容が専門的なものであることに加え、誰がどんな作業をしたかということは、完全に企業内部のもので、外からはうかがうことが相当難しいものです。ヘンな話どうにでもできるものです。

「利益出すぎそうだから研究開発費ってことにしちゃおうか」「赤字になりそうだから新製品の制作ってことにしちゃおうか」ということです。

ただし、たとえば社内メールや開発計画や業務指示書などの非財務データとの間に矛盾があると、チェックする側は一気に色めき立ち、データに対する信頼性すべてに疑問を感じることになります。チェックする側も感情を持った人間ですから。このあたりの整合性をキチンと取っておくことが大切です。

逆に、「このメールの日付と一致してますよね」「このプレスリリースと一致してますよね」ということを積極的にアピールすることで、よい心証を持ってもらえる確率も高まるでしょう。

いっぽうで、「見解の相違」に対応できる粘り腰のあるデータ取りも求められると考えられます。

「見解の相違」が生じるポイントはあらかじめ予測することができます。未然に誤解を生じないような対応は必要ですが、立場の違いから生じる「見解の相違」が避けられないことがあります。それは、基準や法令の解釈そのものというよりも、事実の当てはめにあると思われます。

たとえば、研究開発費とは認められない作業内容として見解の相違があると想定される場合を想定して、ソフトウェア仮勘定にいつでも組み込んで再計算できる準備をしておくことが望ましいと考えられます。作業内容の集計をまた最初からやり直すということのロスは避けなければなりません。

会計以外の目的でのまとめ方

タイムシートには従業員ごとに作業内容や作業時間が記録されています。

会計的な集計、つまり、会計基準でいう資産になるのか費用になるのかという集計だけに利用するのはもったいないことです。

ルールがないので、目的に応じていかようにでも組み替えることができます。

たとえば、会計基準は除外して、単純に特定の製品やプロジェクトにどれだけ時間を費やしたのかだけを知りたい場合には、集計対象は「製品〇」「プロジェクト〇」で足りることになります。

また、「裁量労働制や高度プロフェッショナル制によりどれだけのコストが支払わなくて済んでいるか」をチェックしたい場合には、もしこれらの制度を適用していなかった場合の残業手当等の対象となる時間を集計をすることになります。

原価計算のためのワークシートの構成

ワークシートの様式

ワークシートの様式は、タテに従業員等を並べ、ヨコに時間を展開するようにします。

間違えや検証のために、「タイムシートに忠実にしたがったデータに基づくワークシート」と「(会計などそれぞれの)目的に応じて集計対象を特定し再集計したデータに基づくワークシート」を用意し、期間中の労働時間合計が完全に一致していることを確認できるようにします。

労務費データとの期間的な整合性を取る

労務費原価計算は、期間中に発生した労務費を、期間中に従事した業務に配分します。配分する基準はその期間の労働時間です。

よって、原価計算を行うための業務ごとの労働時間のワークシートと、労務費のワークシートとは期間的な整合性を取る必要があります。

労働時間は、給料締め日を基準にすることが少なくありません。このため、例えば20日締めの場合には、当月21日から当月末日までの業務(作業)時間情報を持っていなければなりません。

その前提として、20日締めの給料に対応する労働時間を、「前月21日から前月末日までの期間に対応する労働時間」と「当月1日から当月20日までの期間に対応する労働時間」のふたつに分割することが必要です。

  • 前月21日から前月末日まで
  • 当月1日から当月20日まで

すると、原価計算期間に対応する業務(作業)時間とするには、「当月1日から当月20日まで」と「当月21日から当月末日まで」の2つのワークシートを用意することが必要になります。

暫定時間による原価計算を行う場合

しかも、会計に原価計算情報を忠実に反映しようとし、かつ、(月次)決算のスケジュールが早い場合には、当月21日から当月末日までの作業時間は暫定値で計算せざるをえないことになります。

その場合、会計上は「概算作業時間によって算定された原価の計上」「その戻入れ(洗い替え)」「確定作業時間によって算定された原価の計上」ということになるため、追加的なワークシートも増えることになります。

例えば3月分のワークシートは次のとおりです。

  • 3月1日から3月20日まで(確定時間)
  • 3月21日から3月31日まで(概算時間)

4月以降に3月下旬の労働時間が確定するため、3月分を確定時間のみで再計算します。作業時間に関するかぎり、これが確定版となります。

  • 3月1日から3月20日まで(確定時間)
  • 3月21日から3月31日まで(確定時間)

会計上は、3月の(月次)決算で計上した、3月21日から3月31日までの概算作業時間を基礎にして計算した原価額の戻入れ(反対仕訳)を入れることになります。

いっぽう、4月分については、4月21日から4月30日までは概算作業時間に基づいて原価計算します。

  • 4月1日から4月20日まで(確定時間)
  • 4月21日から4月30日まで(概算時間)

確定額と概算額をキチンと分けることは会計の基本中の基本なので、月次決算に原価計算結果を忠実に反映しようとする場合には、「当月1日から当月20日まで」と「当月21日から当月末日まで」とで別々に原価計算を行って、その結果を会計上処理するほうがわかりやすいと思われます。

重要なのは、概算値によって原価計算を行わなければならない場合、事後的には確定値が判明するわけですから、必ずデータは残しておき、概算値から確定値との入れ替えと再計算がわかりやすくしておくことです。

( つづく )