代表取締役の変更登記(個人の実印を減らすために)

役員の変更登記については、「法務局」サイトの「商業・法人登記申請手続」をクリックすれば、典型的なパターンについて申請書類や添付書類の情報が載っています。これをチェックするのは基本中の基本です。

ところが、議事録のモデルは充実しているのですが、いかんせん汎用性を重視しているせいか、若干混乱してしまうのが出席取締役に関する情報と押されるべきハンコ(印影)に関する情報です。

役員変更登記でやらかしてはいけないのは、補正で「ここは個人の実印を押さなければならない」と指摘されてしまうことです。

そこで、「社内クーデターの方法」もイメージしながら書きます。

役員変更登記

役員(取締役、代表取締役、監査役など)の選任や辞任については、会社法の規定または会社の定款に従って行います。

さて、役員に異動(任期満了による重任も含めて)があった場合は、登記(役員変更登記)を行う必要があります。

ここでもっとも参考になるのが、法務局のサイトです。

法務省ではなく「法務局」で検索です。

右側の「商業・法人登記申請手続」をクリックすれば、典型的なパターンについて申請書類や添付書類の情報が載っています。 これをチェックするのは基本中の基本です。

ところが、議事録のモデルは充実しているのですが、いかんせん汎用性を重視しているせいか、若干曖昧なのが出席取締役や監査役などに関する情報と押されるべきハンコ(印影)に関する情報です。

ここでは、会社の代表者である代表取締役の交代という切り口からコメントしたいと思います。

登記申請に対する考え方

役員変更登記をする場合には、登記申請書のほかにいろいろな添付書類を用意する必要があります。株主総会議事録、取締役会議事録、就任届や辞任届が必要です。

株主総会議事録の場合には株主リスト、また、役員が新たに就任する場合は本人確認書類、代表取締役の場合はさらに印鑑証明書を添付しなければなりません。さらに、法人の印鑑証明書を出すために印鑑届も作成・提出しなければなりません。

会社法の規定にキチンと準拠するのは当然ですが、事実の流れに忠実に沿って議事録などを作っていても、登記上で不備(とりわけ押された印影やサインや本人確認書類や印鑑証明書の不備)があると、変更登記ができません。

登記所ではしばしば、登記官に対して時折罵声を浴びせている人を見かけます。

いたずらに登記官と争ってあまり有意義ではない時間とエネルギーを浪費するよりも、はたまた国会議員になって法律を改正するよりも、スムースに登記がされるような議事録の作成、書類等の収集をするほうが賢いかもしれません。

同時に重要なのは、関係者に手配してもらうもの(実印や印鑑証明書など)をいかに必要最小限にして負担を減らせるかです。つまり、どのようなスキームにすれば実印を押す書類をいかに減らせるか、本人確認書類や印鑑証明書を求めずに済ませられるかというアプローチもあるかもしれません。

と申しますのも、対象者が国内に居住していない者となると、住所を証明するものを取り寄せてもらう必要があり、代表取締役の場合は海外に書類(就任承諾書や印鑑届)を送ってサインをしてもらわなければならず、また、公的機関にご足労いただいて本人確認書類やサイン証明書なども取ってもらわなければなりません。何を入手すればよいのかキチンと伝えないと「何やってるんだよ!」と多国語で罵倒されかねません。

代表取締役変更スキームの設計

代表取締役の交代は、「任期満了による退任」と「死亡や辞任や解任」があり、代表取締役でなくなった後も引き続き取締役として会社に残る場合と、取締役も辞任する場合があります(なお、取締役を辞任する場合、代表取締役は取締役であることが前提なので、自動的に代表取締役も辞任することになります。)。

また、新たに代表取締役となる者も、すでに取締役である者が代表取締役に昇格する場合と、取締役でない者が代表取締役になる場合があります。

後者の場合は、いったん株主総会で取締役に選任されてから取締役会(取締役会を設置している会社の場合)や取締役の互選(取締役会を設置していない会社の場合)で代表取締役に就任する場合があります。

以下では「取締役会を設置している株式会社」を前提にコメントを展開いたします

会社法では、株式会社は機関設計、すなわち、取締役や監査役や取締役会や代表取締役などの会社の機関をどのようにするかは自由です。

取締役は1人だけという会社もありますし、取締役は数人いるけれど取締役会は設置しないという会社もあります。

会社法が施行された2006年5月1日より前に設立された株式会社は、取締役3名以上で取締役会を設置し、監査役も置かなければなりませんでした。これらの会社は、特段の変更を行わないかぎり取締役会設置会社であり監査役設置会社となります。登記簿謄本を見ればすぐにわかります。

どんな機関設計の会社でも取締役は株主総会で選任しますが、取締役会設置会社の場合、代表取締役を選任する機関は取締役会です。つまり、株主総会で代表取締役を選任することはできません

よって、取締役会設置会社の代表取締役の選任の登記申請する場合の添付書類は取締役会議事録となります

ちなみに、代表取締役は取締役会で取締役の中から選任されるため、取締役ではない人を代表取締役にするためには、まず株主総会で取締役に選任し、その後で取締役会で代表取締役に選任されるというプロセスを経る必要があります。この場合の登記申請では、取締役を選任した株主総会議事録と代表取締役を選任した取締役会議事録の添付が必要です。

ハンコのポイント

代表取締役の変更そのものはある意味で簡単です。取締役会を設置している会社は取締役の中から誰かを選任すればよいのです。

ただ、登記申請となると、ハンコ(印影)の問題がからんできます。

具体的には次の3つです。

  • 代表取締役が辞任する場合の辞任届のハンコ(印影)
  • 新たに代表取締役となった者の就任承諾書のハンコ(印影)
  • 選任される取締役会議事録での出席取締役および出席監査役のハンコ(印影)

1.代表取締役が辞任する場合の辞任届のハンコ(印影)

代表取締役が辞任する場合の辞任届のハンコ(印影)ですが、会社の実印を押せば足ります。この場合の会社の実印とは、辞任する代表取締役で登記所に届け出ている印鑑です。

それ以外は、辞任する代表取締役の個人の実印が押されていなければならず(認印は不可)、かつ、市町村等が発行した印鑑証明書を添付しなければならないため、本人に役所までご足労いただくことになります。

2.新たに代表取締役となった者の就任承諾書のハンコ(印影)

代表取締役は取締役会で取締役の中から選任されます。このため、新たに代表取締役に選任された取締役が代表取締役の就任承諾書は、「私は、令和○年○月○日開催の貴社取締役会において貴社の代表取締役に選任されたので、その就任を承諾します。」となります。

代表取締役を選任する取締役会議事録と、代表取締役に選任された者の就任承諾書には、新任代表取締役の「住所」と「氏名」を記載します。

実は、取締役の登記情報は氏名だけですが、代表取締役の登記は住所と氏名であり、登記簿謄本を取れば誰でも容易に知ることができる情報なのです。

新たに代表取締役となった者の就任承諾書のハンコ(印影)ですが、個人の実印を押し、(個人の)印鑑証明書を添付します。

また、会社の印鑑証明書を新たな代表取締役で出せるために印鑑届を提出しますが、ここでも個人の実印と(個人の)印鑑証明書が必要となります(ただし、登記申請で添付した印鑑証明書を援用できるため印鑑証明書は1通で足ります。)。

さて、登記申請上は、就任承諾書の添付を省略することができます。

取締役会議事録で、「なお、被選任者は、その就任を承諾した。」と記載すれば、登記申請で就任承諾書を添付する必要がありません。 しかし、代表取締役変更の場合は、登記申請で就任承諾書を省略せずに、新任の代表取締役が個人の実印を押した就任承諾書を添付するほう無難です。と申しますのは、代表取締役のみならず出席取締役の全員が実印を押し、全員の印鑑証明書を添付しなければならないこともあるからです(後述)。

実務上は、議事録を作成して実印を押してもらうよりも、就任承諾書に実印を押してもらうほうがスムースではないかと思われます。

3.選任される取締役会議事録での出席取締役および出席監査役のハンコ(印影)

役員変更登記で最も間違えてはいけないのは、補正で「ここは個人の実印を押さなければならない」と指摘されてしまうことです

実印を用意してもらうだけではなく、印鑑証明書も取ってもらわなければならないのです。

重要なのは、登記で致命的な補正をなくすか、特に関係者に実印や印鑑証明書などを用意してもらわずに済ませられるかです。つまり、どのようなスキームにすれば実印を押す書類をいかに減らせるか、本人確認書類や印鑑証明書を求めずに済ませられるかということです。

辞任代表取締役が出席する取締役会議事録

現実では、代表取締役が辞任した後で、その元代表取締役がいない取締役会を開催して新しい代表取締役を選任することは少なくないかもしれません。

たとえば、A氏、B氏、C氏、D氏およびE氏が取締役で、A氏が代表取締役だったとします。

A氏が(代表)取締役を辞任してしまい、残りのB氏、C氏、D氏およびE氏の4人で取締役会を開催してB氏を代表取締役に選任するような場合です。

ところが登記申請にあたっては、このような取締役会議事録には出席取締役および出席監査役の全員が個人の実印を押印して各人それぞれ印鑑証明書を添付しなければなりません。

なぜなら、登記所に届け出ている会社の実印は(前)代表取締役A氏が登記所に届け出ているものであり、B氏ではないからです。

しかも、出席取締役や監査役の全員が実印を押印するということは、全員の印鑑証明書を添付しなければなりません。

これは回避したいところです。

そこで、登記申請では「新たな代表取締役を選任する取締役会に、当該取締役会で辞任する代表取締役が出席した議事録」を作成・添付します。

A氏が辞任する当日にA氏、B氏、C氏、D氏およびE氏で取締役会を開催し、監査役F氏も出席します。その取締役会の日付で辞任するA氏が出席している場合には、登記所に提出する取締役会議事録は次のようになります。

  • 議事録の最後は「代表取締役」はA氏、「出席取締役」はB氏、C氏、D氏およびE氏、「出席監査役」はF氏となります。
  • 出席取締役の「代表取締役」はA氏は登記所に届け出ている会社の実印を押します。
  • 新たに代表取締役に選任されたB氏は、登記申請で就任承諾書を省略せずに添付し、就任承諾書にB氏の実印が押してあれば、議事録はB氏の認印で足ります。 ただし、就任承諾書の添付を省略する場合には議事録にはB氏の実印を押さなければなりません。
  • 残りの出席取締役および出席監査役は個人の実印ではなく認印で足ります。もちろん印鑑証明書も必要ありません。

まとめ

役員変更登記で最も間違えてはいけないのは、補正で「ここは個人の実印を押さなければならない」と指摘されてしまうことです。

これを可能な限り回避するには、個人の実印を押さないで済むような申請書類を作るというアプローチも重要ではないかと思われます。

今回のパターンは、辞任する代表取締役に実印や印鑑証明書を求めなくて済み、また出席取締役および出席監査役の全員が実印を押す必要がありません。

このことは、株主総会や取締役会が違法でないかぎり、社内クーデターも簡単だということもまた意味するのかもしれません。

( おわり )