( 3 )役員退職金を支給する法人の株主のメリット

法人が役員退職金を支給した場合のメリットは、当該事業年度の法人税等の負担が減るだけではありません。もう一つの重要なメリットは、法人の株式の株式価値(株価)が(大幅に)減少することです。

株価が下がったタイミングをとらえて、株式を贈与したり譲渡するのは、事業承継や相続税対策として極めて有効です。

法人の税務上の株価が減少

法人が役員退職金を支給した場合のメリットは、当該事業年度の法人税等の負担が減るだけではありません。

もう一つの重要なメリットは、法人の株式の株式価値(株価)が(大幅に)減少することです。

所有(株主)と経営(取締役)が一致するいわゆる同族会社は、オーナー経営者は、自身または近親者(親族)で会社の株式の相当数を保有しています。

オーナー経営者に相続が発生した場合、保有していた株式も相続財産となり、相続税の課税対象となります。

この株式が上場会社の株式である場合には、これを市場で売却するなどして換金して納税資金に充てることができますが、非上場会社である場合にはほぼ不可能です。

とくに、長年利益を出してきた会社は、相当な内部留保や含み益のある資産を保有していることが多いため株価は相当高くなっており、これに対する相続税の負担が大きくなる一方、市場等で換金することが困難であるに納税資金が確保できないという状況にあります。

近年は納税猶予制度などが整備されているとはいえ、可能な限り負担のない形で株式を移転しておいたほうが有利であることは間違いありません。

このため、役員退職金に限らず株価が下がったタイミングをとらえて、株式を贈与したり譲渡するのは極めて有効な手段です。

株式を贈与した場合

株式を贈与した場合には、贈与を受けた個人は無償の経済的利益を受けたことになり、贈与税が課されます。

この経済的利益の額は、贈与時の株式の時価となります。取引所の相場のない株式の時価は、財産評価基本通達に従って算定します(下記参照)。

役員退職金によって当該法人の株価が下がれば、贈与税の課税価格が下がるため、累進超過税率である贈与税の負担が減ります。または、同じ税負担でより多くの株数の贈与が可能になります。

近年の税制改正による対応策

ところで、近年の所得税の改正による給与所得控除額に上限が設けられたため、推定相続人に一定額以上の給与を支給することでの財産移転による優位性はなくなりました。つまり、一定額を超えると、超えた分だけ所得税等の負担が増えることになります。

贈与税の暦年課税の税率は現行10%から50%ですが、平成27年分からは55%となり、税率が適用される課税価格の額による区分も変更されます。これは、平成27年は所得税の最高税率が45%となり、住民税と併せて55%となることとのバランスと考えられますが、所得税にはこのほかに復興特別所得税が課されます。

そして、所得税の給与所得に対する給与所得控除額は上限が設けれましたが、暦年課税には110万円の基礎控除額があります。

このため、所得税の所得金額の区分による適用税率、贈与税の基礎控除後の課税価格の区分による適用税率をよくにらみながら、(推定)相続人に対する給与と贈与をどうバランスするかがポイントとなります。

いっぽう、法人が贈与を受けた場合は、受贈益として法人税が課されます。この受贈益の額も、課税上の弊害がない場合には財産評価基本通達による計算を若干修正した方法によって算定します。

株式を譲渡した場合

個人が株式を譲渡した場合、所得税法上は譲渡所得として所得税が課されます。株式の譲渡所得への課税は、他の所得とは分離し、独自の税率が適用されます(分離課税)。また、譲渡損失が生じた場合には、他の株式の譲渡所得と通算することができます。

ところで、株式の譲渡所得の要素である収入金額、すなわち、株式の売買価格は、買主と売主の交渉によって自由に決まるものです。しかし、非上場会社では売買価格の参考となる市場での価格(時価)が存在しません。そこで、画一的なルールによって算定される税務上の時価が売買価格の決定で考慮すべき重要な情報となります。

そして、この税務上の時価の算定方法として、課税上の弊害がないかぎり、個人が贈与や相続によって取引所の相場のない株式を取得する場合の株式価値の算定方法を若干修正して適用することが認められています。

当事者が税務上の時価に拘束される必要はありませんが、売買金額が税務上の時価と異なる場合には、その経済的利益の移転について売主や買主に課税処分が行われるリスクがあります。

役員退職金によって当該法人の株価が下がれば、当該株式の売買価格の決定に一定の影響を与えることになるため、譲渡所得の要素である収入金額の減少による譲渡所得額の減少(または譲渡損失額の増加)をもたらし、所得税等の負担が減少することになります。

このことは、反射的に買主の買入金額に影響を与えます。買入金額が下がれば、それだけ資金調達額が減少することになりますし、逆に、同じ資金でより多くの株式数を取得できることになります。

(参考)取引所の相場のない株式の税務上の時価の計算の概要

非上場会社の株式(取引所の相場のない株式)の時価は、客観的交換価値、すなわち、不特定多数の当事者間で自由な取引が行われた場合に通常成立する価額です。

しかし、客観的交換価値は必ずしも一義的に確定されるものではなく、これを個別に評価することとなると、その評価方法及び基礎資料の選択の仕方等により異なった評価額が生じることが避けられません。そこで、課税実務上は、財産評価の一般的基準が評価通達によって定められ、これに定められた評価方法によって画一的に評価されています。このことは、利害対立関係にある納税者間の税負担の公平を実現するばかりでなく、交渉の材料や税務リスクの予測など納税者にとっても有益です。

その方法が、個人が贈与や相続等によって取引所の相場のない株式を取得した場合に、その課税価格を算定する際に用いる「財産評価基本通達」による算定方法です。

個人や法人が株式の譲渡や評価をする場合でも、課税上弊害がない場合には、「財産評価基本通達」による算定方法に一定の調整をして適用することが認められています。

評価の概要

基本的には、会社を規模や取引金額に応じて大会社、中会社及び小会社に区分し、純資産価額と類似業種比準価額を併用して評価します。

純資産価額は、資産や負債を時価で評価して株価を算定する方法です。類似業種比準価額は、評価対象会社と業種が類似する上場会社の株価に、「1株当たり配当金額」「1株当たり利益金額(法人所得)」「1株当たり純資産価額(資本金等の額と利益積立金の合計額)」の3要素について評価対象会社と類似業種との比準割合を乗じて株価を算定する方法です。

会社区分が大きくなるほど、類似業種比準価額の併用割合が高まります。大会社は100%類似業種比準価額で評価できます。

一般に、社歴が長い優良会社ほど、内部留保が厚く含み益のある資産があるため、純資産価額による評価額は高額になる傾向があります。そこで、類似業種比準価額による併用割合が高い方が有利となります。これが、なるべく大会社に区分されるようにするのが有効な自社株対策のひとつとされるゆえんです。

もっとも、小会社であっても、類似業種比準価額の併用割合は50%となります。

ただし、資産内容(資産総額に占める土地等や株式の価額の比率)や、「1株当たりの配当金額」「1株当たりの利益金額」「1株当たり純資産価額」のうち2要素がゼロの場合などは、原則として100%純資産価額のみによって評価しなければなりません。これを回避することも、有効な自社株対策のひとつとなります。

類似業種比準価額による株価のコントロール

さて、類似業種比準価額の併用割合が高いことのメリットは、純資産価額が高額だからだけではありません。

類似業種比準価額は、直前事業年度の法人所得の金額によって大きな影響を受けるからです。

類似業種比準価額は、評価対象会社と業種が類似する上場会社の株価に「配当金額」「利益金額」「純資産価額」の3要素について評価対象会社と類似業種との比準割合を乗じて株価を算定しますが、比準割合における3要素のうち利益金額(法人所得)のウェイトが他の3倍(配当と利益と純資産の比が1:3:1)です。

このため、直前事業年度で所得金額が大幅に減少する(減少させると)、類似業種比準価額も大幅に下がり、結果として、対象会社の株価が下がることになります。

逆に、直前事業年度に所得金額が多額になると、類似業種比準価額も多額になるため、対象会社の株価が上昇することになります。すると、類似業種比準価額での評価のほうが純資産価額での評価よりも納税者に不利なこともあります。このため、類似業種比準価額に代えて純資産価額を適用する、つまり、100%純資産価額で評価することが認められます。

( つづく )