個人が税理士に頼まずに起業する(した)場合の留意事項(3)青色申告承認申請をしないまま赤字となってしまった場合

起業直後は設備投資や先行投資があるため、起業した年の確定申告はどうしても赤字になることが少なくありません。

青色申告承認申請をし忘れてしまい、その年分の所得税の確定申告は青色申告でできないと、他の所得でも通算できない赤字は翌年以降に繰り越されません(翌年以降の所得(黒字)と相殺できません)。

「ああ青色申告の承認申請を忘れてしまったからしかたありませんね」で終了することも間違いではありませんが、そこで終わってしまうかどうかが分かれ目です。

赤字をそのまま垂れ流しにしたりすることなく、赤字を減らしたり、あるいは、黒字にすることが考えられます。

開業時の支出を「繰延資産(開業費)」として翌年以降の必要経費にするのです。

事業が赤字であった場合の所得税への影響額

起業直後は設備投資や先行投資があるため、起業した年の確定申告はどうしても赤字になることが少なくありません。

所得税の計算は、事業所得や給与所得など10種類の所得を合算した額を基礎にして行います(総合課税)。よって、事業所得や不動産所得が赤字(所得がマイナス)だった場合、他の所得(給与所得など)と合算(損益通算)されることになります。

ここで、他の(プラスの)所得と通算してもなお所得がマイナス(赤字)である場合、青色申告をしている個人事業主であれば、そのマイナス(損失)は3年間繰り越され、翌年以降のプラスの所得と通算することができます。

本当に赤字なのかの検証も大切

事業が赤字であった場合の所得税については上記で述べたとおりですが、税理士に頼まない場合に注意したいのは「本当に赤字なのかどうか」ということです。

起業時には先行投資とりわけ設備投資が必要な場合が少なくありません。事業所を借りたり備品等を購入したり、支出額は相当なものになりえます。ただし、単純に支払った金額がすべてその年分の必要経費になるわけではありません。

たとえば、(原則として)10万円を超える資産(内装工事や機械や車両、備品など)については、それぞれの資産ごとに法律(耐用年数省令)で定められた年数(法定耐用年数)にわたって必要経費になります(減価償却)。また、事業所を借りた場合の敷金は減価償却はできません(賃貸借契約終了後に返還されない部分は除きます)。

赤字になったので「他の所得と通算できるから税金が安くなってラッキー」という以前に、そもそも本当に赤字だったのかという検討が必要なのです。

税理士に頼まない場合には特に気をつけなければなりません。

そうすると、おカネ的には大きく支出超過であっても、損益的にはそれほど損失ではなく、むしろ黒字であることもあります。

ありがちな青色申告承認申請の失念

事業について赤字(マイナスの所得)となり、他の(プラスの)所得と通算してもなお所得がマイナス(赤字)である場合、青色申告をしている個人事業主であれば、そのマイナス(損失)は3年間繰り越され、翌年以降のプラスの所得と通算することができます。

ポイントは、「青色申告をしていれば」という点です。

青色申告をしているというのは、青色の紙で申告したりするわけでも、青色のペンで記入するわけでもなく、青色申告承認申請を税務署に提出し、承認を得たこと(実際は税務署から何も言われなかったこと)です。

起業した年分の所得税の確定申告を青色申告で行う場合には、青色申告承認申請は、開業から2ヶ月以内に税務署に提出しなければなりません。ただし、開業したのがその年の1月1日から1月15日までに開業した場合には3月15日までに提出すれば大丈夫です。

たとえば、5月1日に開業し、その年分の所得税の確定申告を青色申告で行いたい場合には、6月30日までに青色申告承認の申請書を提出しなければなりません。7月1日以降に提出した場合には、その年分の所得税の確定申告では青色申告ができません(いわゆる「白色申告」)。ただし、翌年分(以降)は青色申告ができます。

ちなみに、青色申告の承認申請書には「いつの年分(年度分)から青色申告をしたいのか」を記載します。この年分の記載ミスをしてしまうと、青色申告をしたい年分に青色申告ができないことになり、大きな影響が出てしまいます(税理士に頼んだ場合には損害賠償請求事案になりえます)。

青色申告でないため赤字が繰り越せない場合の対応

青色申告承認申請をし忘れてしまい、その年分の所得税の確定申告は青色申告でできないと、事業所得で赤字が生じた場合には他の所得と通算し(これは青色申告でも同じ)、他の所得でも通算できない赤字は翌年以降に繰り越されません(翌年以降の所得(黒字)と相殺できません)。

さて、ここまで述べてきたことは、どのサイトでも触れられていることであり、何の付加価値もありません。読む時間のムダだったということになります。

さて、「なりゆき」で事業所得を計算した結果赤字となり、その年分の他の所得と損益通算されるという確定申告も間違いではありません。

「ああ青色申告の承認申請を忘れてしまったからしかたありませんね」で終了することも間違いではありません。

実際、税理士に頼んだところで、報酬が安ければ安いほど機械的になりゆきで申告するのが圧倒的多数と思われます。

そこで終わってしまうかどうかが分かれ目です。

赤字をそのまま垂れ流しにしたりすることなく、赤字を減らしたり、あるいは、黒字にすることが考えられます。

どういうことかといいますと、赤字とは収入金額を必要経費が上回ることですが、そこで、必要経費の一部をその年分ではなく翌年(以降)分にするのです。

これによって、「赤字が垂れ流されてそれっきり」を回避できるのです。

戦略的な必要経費の繰り延べ

もうひとつの重要な視点があります。所得税の税率は所得の大きさによって変化する累進税率であるということです。

所得が大きければ大きいほど高い税率が適用されるのです。

来年が大きな所得が見込まれる場合には、今期なりゆきで所得を計算して赤字となって他の所得と損益通算されてそれで終わりというよりは、「今年は赤字を減らして(または黒字にしてでも)来年(以降)の大きな収入金額から差し引く必要経費にすることで所得税の税率を低くしたい」という戦略的思考が出てきます。

繰延資産(開業費)の活用

先ほど申し上げたとおり、赤字とは収入金額を必要経費が上回ることですが、赤字を少なくしたり黒字にするには、必要経費の一部をその年分ではなく翌年(以降)分にするのです。

これを合法的に行う方法のひとつが、繰延資産の計上と償却です。

繰延資産とは

繰延資産とは、「不動産所得、事業所得、山林所得又は雑所得を生ずべき業務に関し個人が支出する費用のうち支出の効果がその支出の日以後1年以上に及ぶもので政令の定めるもの」をいいます(所得税法2条20号)。

繰延資産とは、もともと企業会計の理論(費用配分の原則や費用収益対応の原則)に由来するものです。事業に要した特定の支出の効果がその年分(年度部分)にとどまらず翌年分以降にも及ぶものは、その全額をその年分の必要経費(費用)にするのではなく、その支出の効果が及ぶ年分にわたって必要経費(費用)としてそれぞれの年の収入金額と対応させるべきというものです。このため、その年分の必要経費にならない部分は損益計算書(収支内訳書)ではなく貸借対照表に出てきます(なお、いわゆる白色申告の場合には貸借対照表は基本的に要求されていません。また、青色申告でも10万円控除の場合は貸借対照表は不要です。)。

繰延資産は、「資産」といっても、現預金や未収金、車両や備品といったものとは異なり、当年分の必要経費ではなく翌年分以降の必要経費となる金額として計上される経理上の資産なのです。

また、繰延資産は、支出の効果が1年以上に及ぶ点では有形固定資産や無形固定資産と同じですが、換金性がない(価値がゼロ)点が異なります。

もっとも、この換金性のないことに加え、さらに、「その支出の効果が1年以上に及ぶかの判断」「支出の効果が及ぶ期間がどのくらいなのかの判断」については恣意性が混入しやすいことから、企業会計の実務では繰延資産は計上しない(全額支出のあった日の属する事業年度の費用とする)のが一般的です。

とはいえ、企業会計の実務と、個人の所得税の確定申告は異なります。ルールがあるかぎり活用できるものは活用することになります。

起業した年分に赤字となり「赤字を減らしたい」「翌年以降に必要経費にしたい」場合は、必要経費ではなく繰延資産とし、翌年以後の必要経費とするのです。

開業費の計上

開業費とは繰延資産のひとつです。開業費とは、「不動産所得、事業所得、山林所得又は雑所得を生ずべき業務を開始するまでの間に開業準備のために特別に支出する費用」をいいます(所得税法施行令7条1項)。

開業前に多くの初期投資が発生した場合、そのうち固定資産(減価償却資産)となるものの取得に要した部分はそもそも全額がその年分の必要経費にはなりませんが(必要経費となるのはその年分の減価償却費)、それ以外の支出については、特段の処理をしないとその年の必要経費となります。

ただ、赤字を減らしたい場合や翌年以降の必要経費にしたい場合は、開業費に相当する額を抽出します。すなわち、「業務を開始するまでの間に開業準備のために特別に支出する費用」を抽出するのです。「業務を開始するまでの間」なので、開業した日以降に支出したものは開業費に含まれず、また、「開業準備のために特別に支出する費用」のため通常発生する支出は含まれません。

開業費の償却

経理的には、開業費に該当する費用についてはいったん必要経費から除外されます(繰延資産になります)。そして、次にどのように必要経費にするかを検討します。

経理上繰延資産に計上した額を必要経費にすることを償却といいます。

開業費(所得税法施行令7条1項1号)の償却については、60ヶ月(5年)にわたって行うのが原則です(所得税法施行令137条1項1号)。つまり、起業した年に開業費とした支出の額を60で除して、支出した日から12月31日までの月数を乗じた額となります。

ところが、例外があります。開業費につきその年分の不動産所得の金額、事業所得の金額、山林所得の金額又は雑所得の金額の計算上必要経費に算入すべき金額として、当該開業費の額の範囲内の金額をその年分の確定申告書に記載した場合には、当該金額として記載された金額となります(所得税法施行令137条1項3号)。

すなわち、開業費については必要経費にする額は自由に決めてよいのです。もっとも、開業費とした額の全額を必要経費にした場合には、そもそも開業費を認識していないことと同じとなります。

この方法で、起業の年に青色申告承認申請を失念し、白色申告となって赤字が繰り越せない場合に開業費を計上して赤字をなくしたり、翌年以降の所得を踏まえて必要経費を翌年以降に繰り延べて適用される所得税の税率を低くできる可能性があります。

(余談)赤字で税金が還付されればハッピーか

さいきん、ネットの記事で、「副業の赤字があれば本業(給与所得)の税金が還付されるから副業の赤字を維持できればいい」かのような主旨のものを見ました。

税金だけからしかものごとを見ていない失笑を禁じ得ないものといえます。

サラリーパーソンの場合、本業は当然ですが給与所得となり、副業は事業所得や不動産所得や雑所得などになります。 給与所得とこれらの所得は合算されるために、副業が赤字だと課税所得金額は減るため、給与所得について年末調整されていても、確定申告することによってあらためて税額が還付されるというわけです。

なお、雑所得の場合には赤字はゼロとなる(より正確にいえば、雑所得の必要経費の額は雑所得の収入金額が上限となる)ため、合算しても無意味となります。

そもそも所得税とは「所得があったから課税される」わけであり、所得税が還付されるということは、赤字の副業と所得を合算したため全体の所得が減ったためです。

一般的な赤字は、収入よりも必要経費のほうが多い場合です。細かい話はさておき、収入も必要経費も最終的には現金の収支ということになりますから、赤字とは現金の流出が大きいということなのです。税金が還付されるのは当たり前のことなのです。

せいぜい、流出した現金の一部が戻ってきたにすぎません。

けっきょく、税金が還付されたとかより、どれだけ手元にキャッシュが残りましたかが重要なのです。 それを、「還付されるといい」ような記事に色めき立ってしまう心理は「去年は医療費が少なくて医療費控除ができなくて残念だ」という考え方とまったく同じです。

医療費控除は、一定以上の額の医療費の支出があった場合に、その一部が所得から差し引かれて(所得控除)、その結果納付する税金が減るもしくは還付されるのです。 そもそも医療費がないほうがよっぽど手元にキャッシュが残るのです。

ただ、その年分の税金が高いとか安いとか専門分野から切り込んでしまい、中長期的におカネがいくら増えたのか(支出が節約できたのか)という根本的な視点がおろそかになっては大局を見誤りかねません。

(つづく)