( 1 )譲渡制限株式の取引の特殊性

譲渡制限株式の売買価格は、市場がないために、売り手と買い手の交渉によって決まることになりますが、譲渡については会社の承認が必要となることから、当事者の少なくとも一方は会社関係者であることが通常です。

交渉には一定の価格をタタキ台として行われますが、その評価の基礎となる情報量、評価方法それ自体を評価する能力の差によって、タタキ台の妥当性それ自体の検討さえも十分とはいえない状況にあります。

このため、当事者間の交渉の結果決まるというよりは、売り手(または買い手)となる会社関係者の提示する売買価格をベースにして、それを買い手(売り手)が承諾するという形であることが多くなります。

このため、少なくとも会社関係者と対等の立場で判断したり交渉ができることが重要と考えられます。

会社法による売買価格の決定プロセス

譲渡制限株式は、株式の譲渡について会社の承認を要します。譲渡制限株式を他人へ譲渡しようとする株主または譲渡制限株式を取得した者(以下「譲渡等承認請求者」といいます。)が、会社に株式譲渡の承認を請求することになります。

実際には、会社法による請求手続を行う前に、売り手と買い手の交渉が行われて合意をしてから会社への譲渡承認の請求が行われるというのが一般的です。

会社法による譲渡のプロセスと、これに基づく売買価格の決定は次のとおりです。

会社が株式譲渡を承認した場合

会社が株式譲渡を承認した場合には、売買価格は譲渡等承認請求者間の協議により決定されます。

会社が株式譲渡を承認せず、買い取りの請求もない場合

会社が株式譲渡を承認せず、しかも、譲渡等承認請求者が請求時に「会社が承認をしない旨の決定をする場合に、会社または会社が指定する買取人(指定買取人)がその株式を買い取ること」を明らかにしていない場合、株式の譲渡の承認が得られないため、株式譲渡は会社との関係では無効となります。ただし、譲渡等承認請求者間の株式の譲渡取引それ自体は有効となり、この場合の売買価格は、譲渡等承認請求者間の協議により決定されます。

会社が株式譲渡を承認せず、買い取りの請求がある場合

会社が株式譲渡を承認せず、しかも、譲渡等承認請求者が請求時に「会社が承認をしない旨の決定をする場合に、会社または会社が指定する買取人(指定買取人)がその株式を買い取ること」を明らかにしている場合、会社または指定買取人が当該株式を買い取らなければなりません。

この場合の会社法上の規定は以下のとおりとなります。

  • 会社または指定買取人は、譲渡等承認請求者に株式を買い取る旨を通知し、両当事者間で売買価格の協議を行います。 通知の日から 20 日以内に協議が調った場合には、協議で定まった額が売買価格となります。
  • 上記の通知の日から 20 日以内に協議が調った場合には、協議で定まった額が売買価格となります。
  • 上記の通知の日から 20 日以内に、両当事者は裁判所に対して売買価格の決定の申立てをすることができます。この申立てがあったときは、裁判所が定めた額が売買価格となります。
  • 上記の通知の日から 20 日以内に協議が調わず、裁判所への申立てもない場合には 1 株当たり純資産額に対象となる株式数を乗じた額が売買価格となります。ここで、 1 株当たりの純資産額とは、いわゆる「 1 株当たり簿価純資産額」です。

譲渡制限株式の取引の特殊性

株式を取得しようとする動機はさまざまですが、市場を通じていつでも取得し譲渡ができる上場会社の株式と違い、公開会社でない株式会社の株式は投下資本の回収手段が限定的であるばかりでなく、さらに譲渡制限が付されていると、たとえ株式を取得したとしても会社から承認を得られないと会社から株主として認められません(なお、譲渡をした当事者間の取引は有効です。)。

このような不確実なリスクを負ってまで譲渡制限株式を取得しようとする第三者を見つけることは通常容易ではありません。このため、取引の相手方は、大株主である同族関係者や経営陣や従業員などといった会社の利害関係者となることが一般的です。

いっぽう、株式の取引価格(売買価格)は、市場がないため、売り手と買い手との交渉によって決められることになります。その際、少なくとも交渉の出発点としてタタキ台となるものが、一般に妥当とされる評価方法によって算定された株式価値です。

ところが、当事者の交渉力の差に加え、この株式価値の算定方法もさまざまであり、また、その評価の基礎となる情報量、評価方法それ自体を評価する能力の差によって、タタキ台の妥当性それ自体の検討さえもが公平とはいえない状況にあります。

このため、譲渡制限株式の売買価格は、当事者間の交渉の結果決まるというよりは、売り手(または買い手)となる会社関係者の提示する売買価格をベースにして、それを買い手(売り手)が承諾するという形であることが多くなります。

このため、専門家のサポートを得て、少なくとも会社関係者と対等の立場で判断したり交渉ができることが重要と考えられます。

譲渡制限株式の売買価格の交渉

財の売買にあたっては、売りたい人はなるべく高く売りたいと願いますし、買いたい人はなるべく安く買いたいと願います。

売り手のポジションに立つか、買い手のポジションに立つかで真逆の主張となります。

譲渡制限株式の売買価格の決定をめぐる交渉(争い)は以下のプロセスを経る、あるいは、これらが同時に検討されたり、何度も繰り返されたりすると思われます。

  • 株式価値の算定方法の選択をめぐる争い
  • 株式価値の算定結果または算定プロセスをめぐる争い
  • 株式価値の算定結果をタタキ台にして最終的な売買価格の決定をめぐる争い

一般的に、株式価値の算定には 3 つのアプローチがあります。会社から期待される利益、ないしキャッシュ・フローに基づいて株式価値を算定しようとするインカム・アプローチ、類似する(公開)会社、事業や取引事例と比較することによって株式価値を算定しようとするマーケット・アプローチ、会社の貸借対照表記載の純資産を基礎として株式価値を算定しようとするネットアセット・アプローチ(コスト・アプローチ)です。

それぞれのアプローチの中に、具体的な評価方法があり、それぞれメリットとデメリットがあります。株式価値を算定するにあたっては、企業の状況を踏まえ、どの評価方法を用いるのが妥当かという評価方法の選択が重要になります。さらに、 1 つの評価方法によって行うべきか、複数の評価方法によって行うべきか、複数の評価方法によって行うとするとその併用割合はどうすべきかという判断があります。これらがすべて交渉の要素になると考えられます。

個々の評価方法に基づく算定プロセスにおいても、基礎情報の選択や前提や仮定の判断が伴います。同じ評価方法でも、その評価プロセスについても交渉の要素になります。基礎情報の選択などによって算定結果が大きく変わるからです。

なお、これらの評価方法とは超然とした位置づけながらも、実務上考慮されるものとして「税法ルールによる株式評価額」があります。これは、本来は取引相場のない株式について相続税の課税価格を算定するための基準であり、株式を売買価格を決めるための基準ではありません。何より、公権力と私人との関係のなかで課税の公平性や画一的な処理の要請に基づくものであり、私人と私人の個別具体的な取引にそのまま妥当するわけではありません。しかし、その基準には一定の客観性があること、また、実際の取引で生じる課税上のリスクも踏まえると、利害対立関係にある当事者間で重視されます。なお、国税庁ルールといえども、その算定プロセスにはいくつかの判断が伴います。

いったん、算定された株式価値の結果についても、たとえば会社の経営権(支配権)をどう織り込むか(コントロールプレミアム)、逆に、会社の経営権が相対的に弱い少数株主の価値をどう反映させるか(マイノリティディスカウント)、そのほか、数値的な要素とは別の事情によって最終的な売買価格が変わるため、これも交渉の要素になると考えられます。

( つづく )