( 1 )フリー・キャッシュ・フローの算定要素

「けっこうな事業計画を作成しました。その結果、フリー・キャッシュ・フローはこうなりました。最終的に事業価値(企業価値、株式価値など)はこの値です。」という流れが一般的です。

このようななりゆき的なものではなく、「可能な限り信頼性の高い事業価値(企業価値、株式価値など)を算定したい。その基礎となるフリー・キャッシュ・フローをより正確に算定したい。そのために事業計画を作成する」というアプローチを採る場合、キャッシュ・フローの算定要素、すなわち、「(みなし)税引後営業利益」「設備投資額」「運転資本増減額」を確実に押さえるような事業計画を作成します。

そして、数値を調整した場合にも整合性を維持できることを重視しております。より実践的には、割引率も算定し、その都度DCFを算定しながら、事業計画にフィードバックしていくことになります。

フリー・キャッシュ・フローの算定要素

フリー・キャッシュ・フローとは、企業が事業や投資によって生み出した税引後のキャッシュ・フローをいいます。以下の式で計算します。

フリー・キャッシュ・フロー=NOPLAT+減価償却費−設備投資額±運転資本増減額

それぞれの要素を検討してみましょう。

NOPLAT

NOPLATは(みなし)税引後営業利益(Net Operating Profits Less Adjusted Taxes)です。

フリー・キャッシュ・フローの計算が営業利益を出発点にしているということは、営業外収益以降については基本的にフリー・キャッシュ・フローを構成しないことになります。

ということは、営業利益の範囲、すなわち、「どこからどこまでが営業利益か」がポイントになります。基本的には会計上の営業利益を出発点とすることになりますが、内容をよく検討すべきだと思われます。

たとえば営業外収益で処理している不動産賃貸料収入があるとします。この賃貸料収入に係る租税公課等については販売費及び一般管理費費で処理されていることも少なくありません。この場合には、収益と費用が営業損益をまたいでしまっています。この場合、事業用収入とするのであれば、事業価値等を算定するための事業計画では、営業外収入から売上高に組み替えることになるでしょうし、事業用収入としないのであれば、販売費及び一般管理費に含まれる営業外収益に係る費用を営業外費用に組み替えることが望ましいことになります。

このほかにも、会計上は営業外損益として処理されてきたもののうち、実質的には営業損益を構成するものがないか、あるいは、その逆がないかどうかを検討することになります。いずれにしても、会計上の営業損益と異なる場合には、異なることにつき説得的な理由づけをする必要があると思われます。

さて、NOPLATは(みなし)税引後営業利益であり、イメージ的には、営業利益に実効税率を乗じた値です。しかし、実際には、営業利益までしか事業計画を作成しないのではなく、営業外損益や特別損益を加減算して法人税等を算定することになるでしょう。

そして、この法人税等の計算の精度を高めることが、フリー・キャッシュ・フローの精度を高めることに直結します。法人税等(法人税、復興特別法人税、事業税、地方法人特別税、法人税割、均等割のより正確な計算は、期末の未払法人税等の残高、翌期の予定納税額、法人税等の額、期末の未払法人税等の残高に影響を与えるのです。もっとも、税額を正確に算定しても、基礎となる利益(課税所得)はつまるところ予測値です。ある程度のタイトネスを確保したら、売上高や費用の予測額の精度を高めることに力を注ぐべきだと思います。

減価償却費

さて、フリー・キャッシュ・フローの算定式は、NOPLATに減価償却費を加算します。これは、NOPLATが営業利益をベースにしており、営業利益は、売上高から売上原価や販管費に含まれた減価償却費も控除されています。減価償却費は会計上のもので現金支出はありません。そこで、NOPLATに減価償却費を加算します。NOPLATに減価償却費を加算した値をグロス・キャッシュ・フローといいます。

なお、各予測事業年度における減価償却費については、ソフト等で正確な金額を計算して事業計画に組み込んでおきたいものです。将来の予測は不確実ですが確実に計算できるところは確実な数字にしておくことが精度そして信頼性の向上につながると思います。

設備投資

設備投資額は現金支出でありキャッシュ・フローのマイナスのため控除します。ただし、設備売却による収入額が投資額を上回る事業年度は加算します。 また、設備投資が減価償却資産の取得であれば、どのタイミングで事業の用に供したのか仮定することで(期首or期央or期末)、減価償却費に影響が出ます。とりわけ、設備投資に係る支出と減価償却開始のタイミング(つまり事業の用に供するタイミング)が大きくずれる「建設仮勘定」(ソフトウェア開発業における「ソフトウェア仮勘定」)では、本勘定振替と償却開始のタイミングをどうするかによって予測損益とフリー・キャッシュ・フローは大きく変化することになります。

運転資本の増減額

フリー・キャッシュ・フローには運転資本の増減額を加減算します。運転資本とは、事業用の流動資産から事業用の流動負債の差額です。事業用の流動資産からは余剰現預金を控除し、事業用の流動負債からは借入金等の有利子負債を控除します。運転資本の期首と期末の増減額がフリー・キャッシュ・フローの構成要素となります。期首から期末にかけて運転資本が減少しているときはフリー・キャッシュ・フローを増加させ、逆に、期首から期末にかけて運転資本が増加しているときはフリー・キャッシュ・フローを減少させます。

運転資本の構成要素として、流動資産には売掛金や棚卸資産が、流動負債には買掛金や未払金があります。 予測事業年度の貸借対照表とは、各事業年度末の売掛金残高や買掛金残高は、各事業年度の売上高の比率や仕入高の比率によって決定することになりますが、たとえばより分析を進めて、回収サイトや支払サイトにより忠実にしたり、あるいは、年度ごとに右肩上がりの事業計画であれば、これを1事業年度にブレイクダウンすれば期首月と期末月の売上高や仕入高が差が出るはずであり、それをベースにして売掛金や買掛金の残高を精緻化することで、損益はまったく影響がないのにフリー・キャッシュ・フローは異なる値となります。

フリー・キャッシュ・フローの算定要素から導かれる事業計画のポイント

以上から、フリー・キャッシュ・フロー算定のための事業計画のために重要なポイントをまとめます。

  • 予測損益計算書では、企業の活動のうちどこまでが営業損益なのかを会計ベースとは別の視点で再検討する必要があります。
  • 減価償却費と設備投資(及びこれに係る減価償却費)の予測をより正確に行う必要があります。
  • (みなし)税引後営業利益をより正確に算定するため、予測損益に係る法人税等の算定をより正確に行う必要があります。
  • 運転資本の増減額の算定をより正確に行うためには、予測損益計算書の作成だけでは十分ではなく、予測貸借対照表の作成も行う必要があります。予測貸借対照表の作成により、運転資本の増減額の正確な算定のみならず、事業資産と非事業資産の分離、期末未払法人税等の残高、有利子負債の残高、設備投資とその償却後の残高の整合性を総合的にチェックすることができ、多面的なシミュレーションも可能となります。

( つづく )