譲渡制限株式を発行会社とそれ以外(指定買取人等)のどちらに譲渡するほうがトクなのか

株式譲渡の承認請求と同時に「譲渡が承認されない場合には、会社または会社が指定する買取人(指定買取人)が買い取る旨」も請求すると、会社が譲渡承認を承認しないときには、会社または指定買取人(会社と指定買取人が共同の場合も含みます。)が買い取らなければなりません。

このとき、譲渡人(売主である株主)としては、会社に買い取られた場合と指定買取人に買い取られた場合のどちらがトクなのでしょうか。

会社に買い取られた場合、買取代金の大半が配当所得となるため(相続した株式の譲渡の場合には特例もあります。)、高額の所得税等が課されることになるため、指定買取人に買い取られるほうが、買取代金の全額が譲渡所得の収入金額となるため、分離課税により20%程度の所得税等で済みます。

しかし、会社が買い取るか、指定買取人が買い取るか、それ以前に、譲渡が承認されるのかについては、すべて会社側にイニシアティブがあります。

個人が株式を譲渡する場合の基礎知識

  • 個人のもうけ(所得)には所得税(と復興特別所得税)そして住民税がかかります。
  • 株式を譲渡して利益(売却益=所得)が出た場合も同様です。
  • 所得税は、所得の種類を10種類に分け、その種類ごとに所得金額を計算します。基本的には、所得金額とは収入金額から必要経費を差し引いた額です。
  • そして、各所得の金額を合計し、そこから所得控除(基礎控除、配偶者控除、扶養控除、生命保険料控除、医療費控除など)を差し引いた課税所得金額に対して、その大きさに応じて累進税率(最高55.945%、住民税も含みます。)が課されます。
  • ところで、所得税の計算は、各所得の金額を合計するのが原則ですが(総合課税)、他の所得とは合計しないで(分離課税)、その所得独自の税率を課すものがあります。
  • 実は、株式の譲渡による所得(譲渡所得)は分離課税となります。
  • 譲渡所得金額は、譲渡収入金額(売買価格)−株式の取得費−譲渡に要した費用です。 取得費は、株式を取得する時に要した額ですが、相続や贈与によって取得した場合はゼロではなく、被相続人や贈与者の取得費を引き継ぎます。
  • 税率は、総合課税の累進税率ではなく、譲渡所得金額に対して、20.315%(住民税含みます。)です。

譲渡制限株式を発行会社以外が買い取る場合

譲渡制限株式を発行法人以外が買い取る場合、具体的には、譲渡承認請求が承認された場合や、譲渡承認請求が承認されず指定買取人(個人・法人等を問いません)が買い取る場合には、承認請求した株主について、買い取りにあたって譲渡所得金額がある場合には、譲渡所得金額に対して20.315%の税金が課されます(分離課税)。

設例

売買価格 60,000
取得費 4,000
譲渡費用 500

譲渡所得金額は、60,000(譲渡収入金額)− 4,000(株式の取得費)− 500(譲渡に要した費用)= 55,500です。

分離課税による税率は20.315%、よって、所得税等は、55,500× 20.315%= 11,275

税引後の手元に残るキャッシュは、55,500− 11,275= 44,225となります。

請求株主が相続または遺贈により譲渡制限株式を取得した場合

相続・遺贈により株式を取得し、納付する相続税額があった場合には、相続開始のあった日の翌日から相続税の申告期限の翌日以後3年を経過する日までに株式を譲渡すれば、株式に対応する部分の相続税を取得費に加算することができます。

この場合、手元に残るキャッシュの計算は、株式は相続・遺贈によりゼロで取得しているため48,225となります。ただし、取得費に加算すべき相続税額がある場合にはこれによる相続税額を減算し、これによる所得税等の減少額を加算します。

なお、相続や遺贈により譲渡制限株式を取得(一般承継による取得)した場合には、会社に対して譲渡承認請求は要しません。もっとも、会社は定款に定めた場合には、このような一般承継により株式を取得した者に対して株式を会社に売り渡すよう請求することができます。

譲渡制限株式を発行会社が買い取る場合

譲渡制限株式を発行会社が買い取る場合とは、発行会社からみれば自己株式の取得ということになります。

具体的には、会社が株主との合意により自己株式を取得した場合、株主からの譲渡承認請求を承認せず会社が買い取る場合です。 また、相続等の一般承継により株式を取得した者に対して会社からの売渡請求により買い取る場合などがあります。

みなし配当

会社が自己株式を取得するためには、会社に分配可能額がなければなりません(財源規制)。ということは、会社が株主から自己株式を買い取り、その対価として会社の金銭等が支払われることは、この金銭等のうち一部は配当に相当する額があることになります。このため、特定の株主に配当をするには株主総会の特別決議が求められるのです。

さて、所得税法上、自己株式の買取代金のうち、一定の部分は配当とみなされます(みなし配当)。つまり、買取代金の一部が配当(配当所得)となり、残りが譲渡所得の収入金額となります。

配当所得の部分は他の所得(給与や不動産など)と合算(総合課税)されて累進税率(最高45.945%)が適用され、住民税と併せて最高で55.945%が適用されます。

自己株式の買取代金のうちいくらがみなし配当の金額なのか、それは厳密には会社の経理部門でないとわかりません。

ざっくりしたイメージでは、貸借対照表の純資産の部が、資本金と利益剰余金しかない場合には、買取代金のうち、純資産の部に占める利益剰余金の割合に相当する部分がみなし配当となり、残りが譲渡所得の収入金額となります。

このため、内部留保(利益剰余金)が大きく、買取代金が大きければ大きいほど、買取代金のほとんどがみなし配当として配当所得となり、高額の税金が課される可能性があります。

株式を会社に買い取られたことによる収入は多かったが、税引後で手元に残った額は(意外に)少なかったということになります。

設例

譲渡した株主

譲渡株式数 400
売買価格 60,000
取得費 4,000
譲渡費用 500

買い取った会社

発行済株式総数 1,000
資本金 10,000
利益剰余金 100,000

買取株式数400は、発行済株式総数1,000の40%です。資本金等の額(資本金)は10,000のため、買取株式数に対応する資本金等の額は10,000× 40%)= 4,000となります。

よって、買取代金60,000のうち、資本金等の額に対応する額4,000を控除した56,000は利益積立金に対応する部分すなわち配当とみなされます。

みなし配当56,000は他の所得と合算されて累進税率が適用されます。

4,000については譲渡所得の収入金額となりますが、取得費が4,000、譲渡費用が500のため、譲渡損失500となります。この赤字は同じ株式の譲渡所得の額と通算(相殺)できます。

みなし配当56,000は他の所得と合算されて累進税率が適用されます(住民税も含めて最低15.105%、最高55.945%)。他の所得や所得控除額を無視すると、最低8,459、最高31,329の税金がかかります。

税引後の手元に残るキャッシュは、最大で▲ 500+(56,000− 8,459)= 47,041、最少で▲ 500+(56,000− 31,329)= 24,171となります。

会社に買い取られないほうがトク(か?)

設例によれば、会社に譲渡した場合(会社が自己株式を取得した場合)は、税引後の手元に残るキャッシュは、24,171から47,041となります。

いっぽう、会社以外(個人・法人を問いません)に譲渡した場合は、44,225となります。

会社に譲渡した場合の最大額は、みなし配当に対する税率が15.105%であったため、譲渡所得の税率20.315%より低かったためです。

しかし、一般的には、会社に買い取られた場合のほうが、手元に残るキャッシュは少ないことになります。

このことは、「会社に買い取らせ会社の資金を流出させて、会社(主要株主や現経営陣)をギャフンと言わせた」という充足感満足感を得ても、実際は指定買取人などが買い取ったほうがトクだということを意味します。

しかし、会社に買わせた場合でも、みなし配当が発生しないことがあります。

みなし配当とならない特例

次の要件を満たす個人は、一定の手続きをすればみなし配当はありません(相続財産に係る株式をその発行した非上場会社に譲渡した場合のみなし配当課税の特例)。すなわち、売却代金の全額が譲渡所得の収入金額となります。

  • 譲渡した株主が、相続または遺贈で非上場株式を取得し、納付すべき相続税額があった者であること
  • 相続の開始の日の翌日からその相続税の申告書の提出期限の翌日以後3年を経過する日までの間に譲渡すること
  • 会社に譲渡する時までに、この特例の適用を受ける旨その他の事項を記載した書面を会社に提出すること

これならば、会社が買い取ろうが、指定買取人が買い取ろうが、まったく同じことになります。

誤解しやすい点

過去の因縁などで会社に買い取らせることにこだわりがちですが、指定買取人に買い取らせた方が実は手元に残る資金という点で有利ということになります。

指定買取人が買い取ることになった場合には、売却代金は全額譲渡所得の収入金額となります。みなし配当の心配はありません。

なお、指定買取人が会社(法人)であっても、みなし配当はありません。なぜなら、みなし配当となるのは、単に会社(法人)に売却したからではなく、その株式を発行している会社(法人)に譲渡した場合に問題になるからです。

譲渡承認請求の方法について

株式譲渡が請求どおり承認されるか承認されないのか、会社が買い取るのか指定買取人が買い取るのか(それとも共同で買い取るのか)については、すべて会社側に決定権があります。

たしかに、「会社(のみ)が買い取ってくれ」「指定買取人(のみ)が買い取ってくれ」と請求することもできます。

しかし、譲渡が不承認となり、会社または指定買取人(またはそのいずれも)が買い取ることになり、売買価格について裁判所へその決定を申立てることを想定している場合には、やはり、会社法の手続を忠実にたどる、すなわち、会社法138条1号ハの条文通り「会社または指定買取人」と両者が買い取るよう請求するほうが無難と考えられます。

重要なのは、つまるところナニがしたいのかです。

憎き大株主や経営陣をギャフンと言わせるのが目的なのか、それとも、とにかく株式を資金化するのが目的なのかです。

イニシアティブがない以上、二兎を追う者になる可能性が高いため、ブレないことが大切です。

(おわり)