( 1 )アートネイチャー株主代表訴訟最高裁判決における実務上の対応

アートネイチャー株式代表訴訟事件は、会社が行った自己株式の処分および第三者割当による新株発行につき、取締役に法令違反があったとして損害賠償を求めた株主代表訴訟です。最高裁まで争われました(最高裁判所第一小法廷平成25年(受)第1080号損害賠償請求事件、平成27年2月19日判決)。

自己株式処分、新株発行のいずれも、「(発行)価額が著しく不公正かどうか」すなわち「公正な価額はいくらか」が出発点となります。

最高裁は、非上場会社が株主以外の者に新株を発行するに際し、客観的資料に基づく一応合理的な算定方法によって発行価額が決定されていた場合には、その発行価額は、特別の事情のない限り、「特ニ有利ナル発行価額」には当たらないと判断しました。

最高裁判決のポイント

下級審の概要

第1審(東京地裁平成19年(ワ)第25583号損害賠償請求事件、平成24年3月15日判決)では、裁判所が当該新株について公正な価額を独自に算定し、著しく不公正な価額で新株が発行されたと認定したうえで、特に有利なる発行価額で発行する理由を株主総会で開示しなかったことにつき法令違反があるとして当時の取締役に損害賠償を命じました。なお、自己株式の処分については著しく不公正な価額とは認定しなかったため取締役の損害賠償は認めませんでした(原告一部勝訴)。

抗告審(東京高裁平成24(ネ)第2826号損害賠償請求抗告事件平成25年1月30日判決)でも、第1審の結論を維持しました(抗告棄却)。

最高裁判決のポイント

ところが、最高裁は、新株発行についても「特に有利なる発行価額」に当たらないとし、次のような判決を出しました(破棄自判)。

  • 非上場株式の算定方法については、どのような場合にどの評価手法を用いるべきかについて明確な判断基準が確立されているというわけではない。
  • したがって、非上場会社が株主以外の者に新株を発行するに際し、客観的資料に基づく一応合理的な算定方法によって発行価額が決定されていた場合には、その発行価額は、特別の事情のない限り、「特ニ有利ナル発行価額」には当たらない。
  • 取締役会が、新株発行当時、客観的資料に基づく一応合理的な算定方法によって発行価額を決定していたにもかかわらず、裁判所が、事後的に、他の評価手法を用いたり、異なる予測値等を採用したりするなどして、改めて株価の算定を行った上、その算定結果と現実の発行価額とを比較して「特ニ有利ナル発行価額」に当たるか否かを判断するのは、取締役らの予測可能性を害することともなり、相当ではない。
  • 本件新株発行における発行価額は「特ニ有利ナル発行価額」には当たらない。よって、以上と異なる原審の判断には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。よって、同部分につき第1審判決を取り消し、同部分に関する請求をいずれも棄却すべきである。

逆に言えば、今後この種の裁判を起こす場合には、価額について機関決定をする際に「その当時入手できたはずの客観的資料を入手していない(そのために算定方法の選択を誤って価額が不相当となった)」「その当時において合理的な算定をしていない」点を衝くことになろうかと思われます。

なお、判決では「一応合理的」となっているため、算定方法の選択の明らかな誤りや算定プロセス(資料の選択や計算上の仮定のしかた)の明らかな過誤があることが必要と思われます。

実務上の対応

実務上は、新株発行時に客観的資料に基づいて一応合理的な算定方法によって発行価額が決定されていれば、現行会社法では「特に有利な金額」(199条3項)にはならないことになるため、発行価額算定に当たっては「客観的資料」「一応合理的な算定方法」「特別の事情」を十分検討することになります。

と申しますのも、非上場会社の株式価値は算定方法の選択ばかりでなく、その前提資料や算定上の仮定などで大きく変わるため、算定にあたっては、常に利害対立者からの批判を念頭に置くする必要があると考えられます。

利害対立者とは、具体的には、利益が相反する当事者(から委任された専門家)や税務当局などです。「仮想敵」ともいえるかもしれません。

算定段階では「仮想敵」からの厳しい批判を常にイメージし、それに耐えうるような理論武装によって、より妥当と思われる算定結果を導くと考えられます。

非上場株式の評価は、この裁判でもそうですが、同じ算定方法で同じ時点で評価しても、算定者によって異なることが少なくありません。そうしますと、算定結果としての数値が妥当かどうかは、数値上の計算過程よりもむしろ、なぜその算定結果を用いたのか、なぜそのような仮定をしたのか、その合理性をいかに厚く、いかにそれっぽく論証できるかのほうが重要と考えられます。

その論証が足りないと、ツッコミどころ満載となり、成果物全体の信頼性がゆらいでしまいます。

たとえば、他の会社等の評価算定書を流用して数字だけ入れ替えようとすると、どうしても論理がおかしくなったり、あてはめが不十分になったりすることになります。

対立する側に立つ方は、そこを徹底的に衝くことになります。

( つづく )