( 2 )事案の概要と各当事者による評価

本事案の特徴としては、親会社を一にするいわゆるグループ内再編である吸収合併であること、非上場会社の譲渡制限株式についての買取価格の決定であることです。

素材は、札幌地裁平成24年(ヒ)第34号(平成26年6月23日決定)および札幌高裁平成26年(ラ)第151号(平成26年9月25日決定)です。

各当事者(申立人(買取請求株主)、相手方(合併存続会社)、鑑定人および地裁)の論旨を検討し、実務に利用すべきと思われます。

事案の経過

  • 平成24年6月6日
  • 合併契約書締結
    A社(消滅会社)はB社(存続会社)に吸収合併される
    合併期日は平成24年10月1日
    合併比率
    合併比率は類似業種比準価額で算定
  • 平成24年7月31日
  • 株主(持株比率は約9.62%)による、合併に反対する旨の通知がA社に書面で到達
  • 平成24年8月8日
  • A社株主総会で合併契約を承認可決
  • 平成24年9月12日
  • 反対株主による、株式買取りを請求する通知がA社に書面で到達
  • 平成24年10月1日
  • 合併(B社が存続会社)
  • 平成24年10月24日
  • B社は、買取請求株主に対して1株71円で買い取ることを申し入れる「買取価格申入書」を送付
  • 平成24年11月21日
  • 申立人である買取請求株主、札幌地裁に価格決定申立て
  • 平成26年6月23日
  • 札幌地裁、価格決定(1株80円)
  • 平成26年9月23日
  • 札幌高裁、価格決定(1株80円)
  • 平成27年3月26日
  • 最高裁、価格決定(1株106円)

本事案の個別的特徴

吸収合併は、親会社を同じくする子会社同士の合併(いわゆるグループ内再編)

合併により消滅した会社は非上場会社で、発行する株式はすべて譲渡制限株式

申立人(買取請求株主)の合併直前における持株割合は約9.62%

裁判での各当事者による株価算定の概要

第1審では、申立人(買取請求株主)側、相手方(会社)側ともに買取価格を算定し、さらに、裁判所が選定した鑑定人が買取価格を算定しています。

なお、本事案で裁判所が決定する買取価格について、その算定時点は、A社の平成24年9月12日(本件株式の買取請求権の行使日)となっています。

なお、本事案における特殊事情として、インカム・アプローチによる株式価値の算定にとって重要な事業計画が存在しなかったことがあります。

申立人(買取請求株主)の買取価格の算定の概要

評価の基礎となる財務諸表は、平成23年12月期決算(平成23年12月31日、合併比率算定の基準日)

簿価純資産額による評価額は1株114円

国税庁方式による類似業種比準価額は1株90円、さらにプレミアム20円を加算して1株110円

相手方(合併存続会社B社)の買取価格の算定の概要

評価の基礎となる財務諸表は、平成24年9月30日(合併直前)

時価純資産額は1株71円

札幌地裁の選任した鑑定人の算定の概要

算定時点は、A社の平成24年9月12日(本件株式の買取請求権の行使日)

評価の基礎となる財務諸表は、平成24年9月30日(合併直前)

収益還元法による評価額は1株80円

評価の下限としての時価純資産額は1株71円

合併反対株主の買取請求権の趣旨と「公正な価格」の意義についての最高裁決定

合併に反対する株主の株式買取請求権と買取価格(公正な価格)については、最高裁決定(平成22年(許)第30号、平成23年4月19日決定)があります。各当事者もこれを踏まえて株式価値の算定を行っています。

会社法785条1項によれば、吸収合併に反対する株主は、消滅株式会社等に対し、自己の有する株式を公正な価格で買い取ることを請求することができます(一定の場合を除きます)。

では、吸収合併に反対した株主に「公正な価格」での株式の買取を請求する権利が付与された趣旨はなんでしょうか。

株式会社の場合、原則として、株主の退社(株主が株式を会社自身に買ってもらうことで投下資本を回収すること)が認められていませんが、吸収合併という会社組織の基礎に本質的変更をもたらす行為を株主総会の多数決により可能とする反面、それに反対する株主に会社からの退出の機会を与えたものです。

そして、退出を選択した株主から株式を会社が買い取る価格については、吸収合併がされなかったとした場合と経済的に同等の状況を確保し、さらに、吸収合併によりシナジーその他の企業価値の増加が生ずる場合には、買取を請求する株主に対してもこれを適切に分配しうるものとすることによって、その株主の利益を一定の範囲で保障することにあります。

そして、会社(合併存続会社)と買取請求株主との価格についての協議が調わない場合には、裁判所にその決定を申し立てることができます(会社法786条2項)。

裁判所による買取価格の決定は、客観的に定まっている過去のある一定時点の株価を確認するのではなく、裁判所において、上記の趣旨に従って「公正な価格」を形成するものです。

そして、会社法が価格決定の基準について格別の規定を置いていないことからすると、その決定は、裁判所の合理的な裁量に委ねられているものと解されています。

よって、吸収合併によりシナジーその他の企業価値の増加が生じない場合には、吸収合併契約を承認する旨の株主総会の決議がされることがなければその株式が有したである価格(ナカリセバ価格)を算定し、これをもって「公正な価格」を定めるべきことになります。

また、吸収合併によりシナジーその他の企業価値の増加が生ずる場合には、この増加分を買取を請求する株主に対して適切に分配することになります。

なお、合併とは別の組織再編行為について反対する株主からの買取請求による価格決定についての最高裁決定(株式交換について平成23年4月26日、株式移転について平成24年2月29日)も、同様に判示しています。

申立人(買取請求株主)による買取価格の算定

申立人(買取請求株主)は、ネットアセット・アプローチによる簿価純資産額による評価額を妥当なものとし、いっぽうでマーケット・アプローチによる国税庁方式による類似業種比準方式による評価額を算定しています。

簿価純資産方式よる評価

本件株式の買取価格は簿価純資産方式により算定すべきである。

A社の平成23年12月31日現在の簿価純資産額は約388,391千円である。

発行済株式総数で除すると1株114円

国税庁方式(類似業種比準方式)による評価

わが国において法令解釈に基づいて客観性のあると認められている評価計算方法は財産評価基本通達だけである。

その財産評価基本通達においては、B社のような大会社の場合には、類似業種比準方式を原則的な評価方法としている。

「プレミアム分配」相当額の加算

合併で存続するB社も、消滅するA社も、同じ親会社を持つ同業の会社であり、営業エリアに違いがあるにすぎない。

吸収合併の目的は、「営業区域を集約し、合理化・効率化を図るため」である。とすれば、売上シナジー、コストシナジー、研究開発費シナジー、財務シナジー等のシナジー効果が生じることは明らかである。

なお、B社作成の買取価格申入書でも、本件吸収合併前の1株70円(注:裁判での71円との差は円未満の端数処理の違いと思われます。)についてプレミアムの分配として約20円の加算を考慮したと記載されている。

そこで、裁判所は、本件株式の公正な買取価格の算定にあたっては、上記事情を総合考慮し、合理的な裁量判断により、プレミアムの分配として1株当たり20円を加算すべきである。

相手方(合併存続会社B社)による買取価格の算定

相手方(合併存続会社B社)も、ネットアセット・アプローチによる評価を妥当としつつ、 申立人(買取請求株主)とは異なり時価純資産額(修正簿価純資産額)による評価額を妥当なものとしています。

評価方法の選択

類似業種比準方式による算定の検討

本件吸収合併の際、両社の合併比率を求めるにあたっては、類似業種比準方式によって評価額を算定した。

その理由は、本件吸収合併においては、合併の対価はBの株式としたため、合併比率を算定すれば足り、また、合併比率算出のためには類似業種比準価額による総体的な株式価格の判定で足りたためである。

しかし、本件のように株式の買取価格を決めるには、類似業種比準方式では抽象化や過程化の程度が高すぎ、妥当でない。

類似業種比準方式の株価算出過程は、広範かつ大量に生起する評価事案に対し、公平かつ統一的処理をする必要がある相続税・贈与税の課税の場面では必要であり、必ずしも不合理とはいえない。

しかし、本件の株価算定は、合併比率を定めるために他社と比較するような局面ではなく、課税の公平統一を図らなければならない相続税の課税局面でもなく、本件合併を機に退出する株主に対して支払われるべき金銭を算出するための株価の算定である。

そうすると、類似業種比準方式によると著しく不合理な株価算定となるため、同方式を用いることはできない。

本件ではシナジー効果が明らかではないから、公正な価格を算定するにあたっては、ナカリセバ価格となる。本件での基礎は、時価純資産額が相当である。

修正簿価純資産額による評価

平成24年9月30日現在の純資産額は238,697千円である。

これを発行済株式総数3,387千株で除すると1株約71円となる。

鑑定人による買取価格の算定

鑑定事項

A社の平成24年9月12日(本件株式の買取請求権の行使日)時点における普通株式の公正な買取価格

シナジーの有無の検討

本件吸収合併は、卸売業を営む親会社の子会社同士の合併で、支配権の移動は伴わないグループ内再編による合併である。 このような独立当事者間とは異なる組織再編行為では、少なくとも独立第三者間の合併のようなシナジー効果を推測できるような明確なものは見受けられない。

A社も、その収益の相当部分は存続会社に依存しており、合併前後で売上増加等のシナジー効果があったような大きな変化はみられない。シナジー効果は極めて限定的なものと考えざるをえず、明らかに株主価値が増加するといえるほどのものは認められない。

よって、本件では、株主総会の決議がなければその株式が有したであろう価格が公正な買取価格である。

評価方法の選択

収益還元法(決定文では利益還元法)

A社は、直近5期で安定して利益を計上し、合併前にA社の主たる事業(卸売業)も存続会社で引き続き行われていることを考慮すると、事業の継続性およびその安定した収益力を無視することはできない。

したがって、会計上の経常利益に税金費用を控除した得た金額を一定の割引率で割り引くことによって株主価値を評価する収益還元法が合理的である。

鑑定評価の最低限を画するものとしての時価純資産額

いっぽうで、A社は、解散を予定しておらず、事業の継続性が十分に見込まれているため、修正簿価純資産法については、積極的には採用すべき事情にない。

しかし、土地や有価証券等の主要資産の含み損益を時価評価した同法は、鑑定基準日現在での清算価値に近い価値評価方法といえるため、鑑定評価額の最低限を画するものとして採用する。

収益還元法による評価

税引前正常利益の算定

A社はすでに合併により消滅し、将来の事業計画等も存在していない。

過年度の利益を基礎として、臨時的な変動要因を排除・平準化した過去5期の経常利益を基礎とする。なお、事業譲渡した部門の損益は除外する。

税引前正常利益は48,242千円

株主資本コスト

株主資本コスト=リスクフリーレート+(マーケットリスクプレミアム×β値)+サイズプレミアム

リスクフリーレートは平成24年9月30日現在の10年物国債発行利回りの0.774%

マーケットリスクプレミアムは外部の調査データをもとに総合的に判断・決定したもので5.5%

β値は東証の卸売業33業種の修正β値(2年週次)から1.049%

規模の小さな会社への投資は、規模が大きな会社への投資より一般的に倒産リスクが高い投資利回りを求めることからサイズプレミアムとして3.89%

株主資本コスト 0.774%+(5.5%×+ 1.049%)+ 3.89%= 10.43%

株式価値の計算

繰越欠損金使用期間である平成25年12月期から平成29年12月期までの5期分の税引後正常収益を算出し、これに株主資本コストから現価係数を乗じた額を合計した予測期間の現在価値は177,186千円

繰越欠損金使用後の平成30年12月期以降の税引後正常利益の現在価値は190,396千円

この合計値361,583千円に非流動性ディスカウント25%を控除した株主価値271,187千円

株主価値271,187千円を発行済株式総数3,387千株で除すると1株80円

時価純資産法による評価

A社の平成24年9月30日現在の修正簿価純資産額は238,697千円を発行済株式総数3,387千株で除すると1株71円

総合評価

利益還元法による評価額1株80円が修正簿価純資産法による評価額1株71円を上回っていることから、本件株式の1株当たりの公正な買取価格は80円とする。

札幌地裁の決定

算定方法の選択

ネットアセット・アプローチの検討

ネットアセット・アプローチは客観性には優れているものの、基本的に企業の清算価値を算定する手法である。

近い将来における清算の蓋然性が低い企業の株式の評価手法としては必ずしもふさわしくない。

A社は、吸収合併前5期で安定して利益を計上しており、B社とは親会社を同じくする子会社同士であり、本件合併はグループ内再編である。 よって、A社の事業を清算する目的はなかったことがうかがわれる。

また、申立人(買取請求株主)の保有する株式はA社の発行済株式総数の約9.62%であり、少数株主で支配権を有していなかった申立人が、自らの意思で東を解散させて清算価値を現実化させる可能性は極めて低い。

吸収合併がなかったとしても東が近い将来において解散、清算し、本件株式について清算価値としての株主価値が現実化する可能性は極めて乏しかったというべきである。

よって、ネットアセット・アプローチによる評価は妥当でない。

マーケット・アプローチの検討

A社は譲渡制限会社であり、取引相場が存在しないうえ、本件株式は発行済株式総数の1割にも満たない。これを取得しても東の支配権を取得することはできないため、本件株式を現実に売却することは簡単ではない。

いっぽう、比較の対象となるような上場会社が存在することは明らかではなく、また、A社株式の取引事例は乏しいうえ、各取引事例における価格決定のプロセスがどのようなものであったのかも明らかではない。

申立人が採用すべきと主張する類似業種比準方式もマーケット・アプローチに分類されるものだが、同算定方式は、国税庁の財産評価基本通達に依拠するものであり、株式買取価格請求の場面で要請されるような「公正な価格」の算出を念頭に置いて定めたものではない。

このような観点からも、同方式は、本件株式の買取価格を算定するための方法としてはふさわしくない。

インカム・アプローチの検討

A社の吸収合併前の事業は安定した収益を計上しており、吸収合併後も引き続き営まれている。

また、A社の譲渡制限株式であり、支配権を有しない少数株主で一般に売却は困難である。

このため、本件吸収合併に関する株主総会がなければ申立人が実現できたであろう本件株式に起因する利益は、A社が将来生み出したであろう利益の分配程度に限られると考えられる。

そうすると、本件株式の買取価格を算定するにあたっては、A社が将来生み出したであろうと期待されるキャッシュ・フローに着目して評価する手法であるインカム・アプローチによるのが相当である。

インカム・アプローチのうち、まず、配当還元法については、吸収合併前の5期で配当が実施されたのは平成21年12月期のみであることに照らすと、配当還元法を採用することは妥当でない。

つぎに、フリー・キャッシュ・フロー法については、本件においては、吸収合併がなかった場合のA社の将来フリー・キャッシュ・フローを見積りに足りるだけの適切な資料がないため、フリー・キャッシュ・フロー法を採用することもできない。

A社は吸収合併により消滅しており、事業計画等も存在しないが、吸収合併前の事業は安定した収益を計上しており、吸収合併後も引き続き営まれている。また、過年度の利益を基礎として、本件吸収合併がなかったとしたら東が上げていたであろう将来利益を合理的に予測することは可能である。

以上から、収益還元法が適しているといえ、鑑定人の算定結果は妥当である。

( つづく )