( 4 )シナジー効果に関する主張

本稿は、合併に反対する株主が裁判所に株式買取価格の決定を申立てた場合、裁判所が価格の決定を収益還元法で行う場合に「非流動性ディスカウントは行わない」という最高裁決定(平成27年3月26日)を素材にしたものです。

この事案の第1審では、シナジー効果の有無についてが争点となっているため、各当事者の論旨についてまとめました。

シナジーについて

着眼点

会社法785条1項により合併反対株主の株式買取請求から、会社法786条2項により裁判所が合併反対株主の株式買取価格を決定する場合の買取価格(公正な価格)については、最高裁決定(平成22年(許)第30号、平成23年4月19日決定)があります。

これによれば、吸収合併によりシナジーその他の企業価値の増加が生じない場合には、吸収合併契約を承認する旨の株主総会の決議がされることがなければその株式が有したである価格(ナカリセバ価格)を算定し、これをもって「公正な価格」を定めるべきことになります。

また、吸収合併によりシナジーその他の企業価値の増加が生ずる場合には、この増加分を買取を請求する株主に対して適切に分配することになります。

つまり、買取請求株主としてはシナジーその他の企業価値の増加分を肯定したいという動機付けが、いっぽう、株式を買い取る合併存続会社としてはこれを否定したいという動機付けがあります。

買取請求株主の主張の概要

存続会社のBも、消滅会社のAも、同じ親会社を持つ同業の会社であり、営業エリアに違いがあるにすぎない。吸収合併の目的は、「営業区域を集約し、合理化・効率化を図るため」である。

さらに、B作成の買取価格申入書では、本件吸収合併前の1株70円についてプレミアムの分配として約20円の加算を考慮したと記載されている。

以上の事情によれば、売上シナジー、コストシナジー、研究開発費シナジー、財務シナジー等のシナジー効果が生じることは明らかである。

裁判所は、本件株式の公正な買取価格の算定にあたっては、上記事情を総合考慮し、合理的な裁量判断により、プレミアムの分配として1株当たり20円を加算すべきである。

合併存続会社B社の主張の概要

本件吸収合併には、申立人の主張するようなシナジー効果はない。

Bが本件吸収合併によって将来的に何らかの効果を期待していたのは事実であるが、それはBの事業体全体が不断の努力をしてこそ得られるものである。

上場会社の組織再編に見られるように組織再編行為時あるいはその発表時に株式の市場価値が上昇した際に、その上げ幅をもってシナジー効果とみることとは性質を異にする。

今後の不断の努力抜きには想定すらできない利益を、機会主義的に合併に反対し、企業体から退出することを選択した株主に対して付与することのほうが、企業体に残ることを選択した株主と比較して不公正である。

鑑定人の主張の概要

本件吸収合併は、卸売業を営む親会社の子会社同士の合併で、支配権の移動は伴わないグループ内再編による合併である。

このような独立当事者間とは異なる組織再編行為では、少なくとも独立第三者間の合併のようなシナジー効果を推測できるような明確なものは見受けられない。

A社も、その収益の相当部分は存続会社に依存しており、合併前後で売上増加等のシナジー効果があったような大きな変化はみられない。

よって、シナジー効果は極めて限定的なものと考えざるをえず、明らかに株主価値が増加するといえるほどのものは認められない。

札幌地裁の決定の概要

本件吸収合併は、グループ企業内での組織再編としての意味合いが強く、シナジー効果が生じたことをうかがわせるに足りる事情は認められない。

私見

本事案は親会社を同一とするグループ内再編のため、相当な合併比率であるかぎり、独立会社間の合併の場合に比べれば会社支配権に対する重大な変化はなく、この重大な変化に対する対価(コントロールプレミアムなど)についての特段の考慮は要しないと考えられます。

また、本事案の当事会社は譲渡制限株式を発行する非上場会社であり、市場での客観的交換価値としての株価が日々刻々と把握できる状況にはありません。

このため、シナジーないしプレミアムを可視的に観察できることは困難と考えられます。

いっぽう、グループ内再編は、経営上のメリット(主として重複組織の削減による経営合理化・効率化や租税コストの削減)を求めて行われることが一般的です。

子会社2社の財務数値の合計よりも、合併後の1社のほうがより財務状況(キャッシュ・フロー)が向上することがあきらかであれば、そこにシナジーを観念することができると考えられます。

しかし、「シナジーがある」と主張したところで、数値で明らかにできなければ実質的には意味がありません。

とはいえ、反対株主の株式買取請求の手続には期間があり、合併後の事業年度の決算によって具体的にそれを確定させる時点でシナジーを判断することは不可能であるばかりでなく、事後的な評価として妥当でないと思われます。

もっとも、たとえば、合併契約を承認する株主総会における議決権行使の参考書類で、2社体制と1社体制でどれだけ経営状況が異なるのかについてのある程度の具体的でそれなりに実現可能性な数値が記載されている場合には、非上場会社であってもシナジーを数値的に算定することは不可能でないかもしれません。

ところで、買取請求株主側は「B作成の買取価格申入書では、本件吸収合併前の1株70円についてプレミアムの分配として約20円の加算を考慮したと記載されている」からシナジーがあるのは明らかと主張しています。

当事者間での価格の交渉において、買手がプレミアムなどという名目で一定の額を上乗せすることで売手に譲歩し、取引を成立させようという流れはそれほど稀ではないと考えられます。

「買手がプレミアムとして上乗せしてきたからシナジーを認めたはず」というのはちょっと強引かもしれません。

( おわり )