譲渡制限株式の譲渡に関する会社法上の規定による想定外リスク

譲渡制限株式を他人へ譲渡することにつき会社に承認を請求する株主および譲渡制限株式を取得した者(以下「譲渡等承認請求者」といいます。)が、その請求にあたり、会社に承認されなかった場合に株式を会社や指定買取人が買い取るよう請求した場合、譲渡等承認請求者と会社または指定買取人のうち、(譲渡を承認することも含めて)どちらが有利なのかは、個別的な状況によりまったく異なります。

ここでは、会社法の規定で、当事者の意思に反する可能性のある事項についてまとめました。もっとも、両当事者が一般論としての意思に反することがむしろ狙いであったりすることもあるため、実際は何とも言えないことになります。

法律上の手続きとそのリスク

そもそも譲渡制限株式を発行する公開会社でない会社は閉鎖性が強いこともあり、譲渡制限株式の譲渡では、経済合理性とは別の動機、たとえば近親者のお家騒動なり共同経営者どうしの信頼関係が崩壊した権力闘争の材料となることもあります。 この場合、そもそも株式譲渡が承認されないのは想定内で、むしろ、会社または指定買取人に買い取らせるのが目的であったり、会社を支配する同族株主や経営陣に対する嫌がらせが目的であったりします。

この場合、通常の合理的な判断基準とは異なることが考えられます。たとえば、譲渡等承認請求者にとって、承認請求が会社に拒否されることは通常は合理的意思に反しますが、むしろ会社や指定買取人に買い取らせることが狙いの場合には、むしろ承認拒絶のほうが好ましく、むしろ承認されるほうが想定外ということになります。

法律の不知(ガバナンスの甘さ)が落とし穴になったり、逆に、法律を知ることで形勢逆転も可能になったりします。

会社法上、株式譲渡が承認されるとみなされる場合

株式に譲渡制限を付す理由が、会社にとって好ましからざる者が株主となることを防止することにあるとすれば、会社にとって、株式の譲渡によりまったく無関係の第三者が新たに株主になることは避けたいことであり、この場合には、譲渡請求を承認しないことになります。

ところが、次のいずれかに該当する場合には、会社法上、会社は譲渡制限株式の譲渡請求を承認したものとみなされます。

ただし、会社と譲渡承認を請求する者との合意によって別段の定めをしたときはこの限りではありません。

  • 会社が、株主や株式取得者による株式譲渡の承認請求の日から 2 週間以内(これを下回る期間を定款で定めた場合はその期間内)に、承認をするか否かの決定をし、これを通知をしなかった場合
  • 会社が、株式譲渡の承認をしない決定の通知の日から 40 日以内(これを下回る期間を定款で定めた場合はその期間内)に、会社が当該株式を買い取る決定をした通知をしなかった場合(会社が株式譲渡の承認をしない決定の通知の日から 10 日以内(これを下回る期間を定款で定めた場合はその期間内)に指定買取人が当該株式を買い取る旨の通知をした場合は除きます。)
  • 上記の場合において、会社が 40 日以内(これを下回る期間を定款で定めた場合はその期間内に、 1 株当たり純資産額に対象となる株式数を乗じた額を供託したことを証する書面を交付しなかった場合(会社が株式譲渡の承認をしない決定の通知の日から 10 日以内(これを下回る期間を定款で定めた場合はその期間内)に指定買取人が当該株式を買い取る旨の通知をした場合は除きます。)
  • 指定買取人が、株式譲渡の承認をしない決定の通知の日から 10 日以内(これを下回る期間を定款で定めた場合はその期間内)に、指定買取人が当該株式を買い取る決定をした通知をしなかった場合
  • 上記の場合において、指定買取人が上記の 10 日以内に、 1 株当たり純資産額に対象となる株式数を乗じた額を供託したことを証する書面を交付しなかった場合
  • 譲渡承認を請求した株主または株式取得者が、会社または指定買取人との間の対象となる株式に係る売買契約を解除した場合

会社法上、当事者の合理的意思に反しかねない規定

(一般論として)譲渡等承認請求者の意思に反しかねないもの

譲渡等承認請求者が、請求にあたって「会社が株式譲渡の承認をしない旨の決定をする場合に、会社または指定買取人が株式を買い取ること」を明らかにしない場合には、会社から承認されないときは、会社との関係ではそれで終わってしまいます。ただし、株主と他人との株式譲渡取引は有効です。

会社が株券を発行している会社で、譲渡等承認請求者が株券を所持している場合、譲渡等承認請求者は会社または指定買取人から売買価格相当額の供託を証する書面の交付を受けてから 1 週間以内に株券を供託しないと、会社または指定買取人から売買契約を解除されてしまいます。

譲渡等承認請求者は、会社または指定買取人から株式を買い取る旨の通知を受けてしまうと、会社または指定買取人が買い取る請求(すなわち、会社または指定買取人に株式を譲渡する請求)を撤回するには、会社または指定買取人の承諾を得なければならなくなります。

(一般論として)会社または指定買取人の意思に反しかねないもの

会社は、株式譲渡の承認をしない旨の通知を承認の請求から 2 週間以内にしないと、当事者間の合意により別段の定めをしないかぎり、株式譲渡は承認されたものとみなされてしまいます。

他人への株式譲渡の承認を請求する株主が、請求にあたって「会社が株式譲渡の承認をしない旨の決定をする場合に、会社または指定買取人が株式を買い取ること」を明らかにした場合には、譲渡を承認しない場合には、会社はみずから株式を買い取るか(自己株式の取得)、買取人を指定して株式を買い取ってもらわなければなりません。

自己株式を取得する場合には財源規制があるため、財源規制に触れる場合には会社が株式を買い取ることはできず、指定買取人に株式を買い取ってもらうしかありません。

会社は、譲渡等承認請求者に対して、会社が譲渡の承認をしない決定をした旨の通知から 40 日以内(これを下回る期間を定款で定めていた場合はその期間内)に「当該株式を買い取る旨の通知」ばかりでなく「売買価格相当額の供託を証する書面の交付」もしないと、当事者間の合意により別段の定めをしないかぎり、株式譲渡は承認されたものとみなされてしまいます。ただし、下記の指定買取人の通知や交付が期限内にあった場合は承認がみなされることはありません。

指定買取人は、譲渡等承認請求者に対して、会社が譲渡の承認をしない決定をした旨の通知から 10 日以内(これを下回る期間を定款で定めていた場合はその期間内)に「当該株式を買い取る旨の通知」ばかりでなく「売買価格相当額の供託を証する書面の交付」もしないと、当事者間の合意により別段の定めをしないかぎり、株式譲渡は承認されたものとみなされてしまいます。

会社または指定買取人は、譲渡等承認請求者との株式の売買契約について、譲渡等承認請求者から契約を解除されてしまうと、当事者間の合意により別段の定めをしないかぎり、株式譲渡は承認されたものとみなされてしまいます。

売買価格をめぐるリスク

交渉力の差と課税

会社または指定買取人が「当該株式を買い取る旨の通知」をした日から、譲渡等承認請求者と会社または指定買取人との間で売買価格の協議が行われます。しかし、譲渡等承認請求者よりも、会社または指定買取人の方が、情報量、交渉力その他パワーが上回っているため、会社または指定買取人にほぼ一方的に価格を決定されてしまうことがままあります。

もっとも、この状況は、承認請求うんぬんの前に、譲渡制限株式の取引の(すくなくとも一方の)当事者は会社関係者であることが多いため、情報量や交渉力で上回る会社関係者の主導で売買価格が決定されることでも起こります。

このように、売買価格が一方的に決定されるなど当事者間の交渉によった客観的な交換価値とはいえない場合には、課税が行われるリスクがあります。会社が買い取る場合、その売買価格が時価よりも低い場合には、その時価との差額に対して法人税が課されます。また、指定買取人が買い取る場合、その売買価格が時価よりも著しく低い場合には、その時価との差額に対して贈与税が課されることになります。

裁判所の決定

ここで、会社または指定買取人が「当該株式を買い取る旨の通知」をした日から 20 日以内に、譲渡等承認請求者、あるいは、会社または指定買取人が裁判所に売買価格の決定を申し立てた場合、売買価格は裁判所が決定した額になります。裁判所は、売買価格の決定にあたり、譲渡等承認請求の時における株式会社の資産状態その他一切の事情を考慮しなければならないことになっています。

通常、交渉力等の弱い立場にある譲渡等承認請求者が申し立てることになるため、会社または指定買取人にとっては不利な状況と考えられます。

とくに、裁判所がいわゆる継続企業の前提を採用して、株式価値を将来の収益を基礎に評価するインカム・アプローチで売買価格を算定すると、ネットアセット・アプローチよりも大きな売買価格が算出されることになります。

とはいえ、中立的な裁判所が入ることで当事者間の協議という不利な状況から解放された譲渡等承認請求者も、情報力等の点で有利とはいえない状況は変わりません。専門家等のサポートないしバックアップが必要となるでしょう。

会社法上の 1 株当たり純資産額

会社または指定買取人と譲渡等承認請求者とでの売買価格に関する協議が、会社または指定買取人が「当該株式を買い取る旨の通知」をした日から 20 日以内に調わず、しかも、その期間内にどちらの当事者も裁判所に売買価格の申し立ても行わないと、会社法上は 1 株当たり純資産額(簿価純資産額)に対象株式数を乗じた額が売買価格になります。

ただし、 1 株当たり純資産額(簿価純資産額)は、株式価値の評価方法ではネットアセット・アプローチの一方法に位置づけられますが、同じネットアセット・アプローチによる評価であっても 1 株当たり純資産額を時価で換算する時価純資産額よりも株式価値を適切に反映していないとされます。

もし、会社または指定買取人が譲渡等承認請求者との売買価格の協議にまったく応じず、意図的に 1 株当たり純資産額(簿価純資産額)で決着させようとした場合、会社法上はともかくとして、少なくとも当事者間の交渉によった客観的な交換価値とはいえないと判断される場合には、課税が行われるリスクがないとはいえません。

(おわり)