( 6 )不動産投資の成否の判断

不動産賃貸で重要なのは、つまるところ、物件からどれだけのキャッシュを生み出したのかということと思われます。

「この物件からどのくらいのキャッシュの流入があったのか」「その物件の取得に要した支払い(初期投資)をどれだけ回収できたのか(上回ったのか)」「借入金で物件を取得した場合、物件を売却したときに借入金を全額返済して手元にどれだけ残るのか」です。

会計情報をキャッシュ・フロー情報に変換することで損益分岐点の売却額を算定し、不動産投資の成否を判断します。

(おさらい)不動産投資の損益分岐点

私の場合、損益分岐点の売却額は次のように算定しています。

  • 初期投資(不動産取得時)における自己資金支出額を捉えます。
  • 投資後のキャッシュ・フローの累計額を集計します。
  • 想定される売却時点における債務(前受家賃や敷金や借入金の残高、想定される事業税など)を算定します。
  • 初期の自己資金支出額(マイナス)から投資後のキャッシュ・フロー累計額(通常プラス)を合計した金額に、想定される売却時点における債務(敷金や借入金残高など)を合計した額が、想定される売却時点における損益分岐点売却額となります。

これらの情報は、損益の情報ではなくキャッシュの情報です。

しかも、「一定期間ごとの結果」というよりも、「(投資後の)累計としての結果」が重要となります。

初期投資における自己資金支出額の算定

不動産投資の成否は、その不動産を売却(投下資本回収)した後で当初からどれだけおカネが増えたのかどうかにあります。

その出発点として、初期投資の額はその目標となることから、その算定は極めて重要です。

さて、初期投資といっても、何をもって初期投資の額とするかが問題となります。

私の場合は、「所得税のルールで固定資産の取得価額とした額」としています。

たしかに、所得税のルールでは、固定資産の取得価額に含めるべき支出(仲介手数料や固定資産税清算金など)や含めなくてもよい支出(登記費用など)があります。すでに賃貸が行われている物件を取得する場合には日割り家賃や敷金の精算なども行われます。

いっぽうで、経済計算に所得税のルールを持ち込むのはどうなのかという理論的な問題もあるでしょう。

しかし、目的は「当初の支出をどれだけ回収できたか」であり、また、「会計情報を活用することによる簡便性やわかりやすさ」という点で、固定資産の取得価額としています。

こう解しても、固定資産の取得価額に算入されなかった部分は、上記の「投資後のキャッシュ・フロー」の支出として捉えられるため、実質的には変わらないといえます。

むしろ、初期投資において、自己資金をどれだけ出したのかの計算が重要です。初期投資の額よりも借入金のほうが上回っている場合には、自己資金支出額はゼロとなります。この場合は、不動産売却額で借入金の残高を完済できるかどうかが指標になります。

さて、すでに賃貸がされている物件を取得する場合には、敷金を差し引いた額を支払うことになります。この場合は、敷金を差し引く前のグロスの額を取得価額とします(所得税のルールでも同様)。

投資後のキャッシュ・フローの累計額の算定

不動産投資の成否を判断するにあたっては、投資後のキャッシュ・フローの累計額の集計がもっとも重要です。

私の場合は、所得税の確定申告のために作成した会計情報(所得税のルールに従ったもの)をいかに活用するかを重視しています。

重要なのは、いわゆる財務会計で言うところの「キャッシュ・フロー計算書」とは異なるということです。

一般に、「キャッシュ・フロー計算書」とは、ある時点(会計期間の期首)からある時点(会計期間の期末)までのキャッシュの動きを捉えたものです。しかし、目的は、不動産投資後にキャッシュがどれだけ入り、どれだけ出たかの累計額を集計することです。「期間ごとのキャッシュ」よりも「キャッシュの累計」です。

だとすれば、所得税や住民税といった、算定期間と支出のタイミングがずれる場合も一緒に取り込むべきです。

最終的に欲しい情報は、不動産投資後に不動産からどれだけのキャッシュ・フローがあったか(累計額)です。一定期間の情報ではありません。

とはいえ、所得税の確定申告のために入力した不動産所得の会計情報をそれだけで終わらせるのはもったいありません。とことん利用します。

そこで、各年分の不動産所得に係るキャッシュ・フローを累計した額をもって「投資後のキャッシュ・フローの累計額」とします。

私は次のようなひな型によっています。

  • 収入(消費税込み)
  • 固定資産以外の支出(消費税込み)
  • 固定資産支出(消費税込み)
  • 負担する消費税の額
  • 負担する所得税と住民税の額
  • 借入金元本返済額
  • 敷金の受入れ額
  • 敷金の返還額

収入

収入は消費税込みの数値を用いています。なぜなら、賃貸料収入は税込みで入金するかです。

基本的には所得税の確定申告の不動産所得の計算での収入金額を税込みにした額となります。

これに対して、「確定申告の不動産所得は発生主義なので、リアルな現金収入とは異なるから間違いではないのか」という批判が考えれます。しかし、発生主義を「一定時点と一定時点の間という期間(会計期間)の中で、現金収支(現金主義)ではなく損益をとらえるためのもの」とすると、「期間」という概念を取り除けば、いずれ現金が入金したり支出を免れたりすることで収斂されていくものといえます。

目的が、一定期間の損益を適正することでも、損益の内訳を明らかにすることでもなく、ただただ不動産の投資後のキャッシュ・フローの累計額を得ることにあること、そしてそのための手段が、所得税の確定申告で用いた会計データをとことん流用することであれば、それでも致命的な誤りには至らないと考えられます。

たとえば、敷金を返還しなくてよくなった場合は不動産所得の収入金額となります。これは、債務免除益ともいえるものでキャッシュの流入を伴いません。しかし、後述しますが、負債である敷金は減少しているため、積極的なキャッシュの流出がなくなった=消極的なキャッシュの流入があったということになります。情報の元は会計情報ですが、会計ルールに従う義務はないのです。

支出

支出も消費税込みの数値を用いています。なぜなら、支払いは消費税込みの額で行うからです。

さて、「所得税の確定申告のために作成した会計情報(所得税のルールに従ったもの)をいかに活用するか」ということから、基本的に不動産所得の必要経費の消費税込みの額となります。

ただし、決定的に違うのは、いわゆる減価償却費といった非現金支出を除外することです。

さて、私の場合、「固定資産以外の支出」と「固定資産の支出」とに分けています。「固定資産の支出」はいわゆる投資キャッシュ・フローともいえるものです。

その理由は、固定資産の支出は、所得税のルール上の固定資産の取得を意味しています。会計上の固定資産は一時に必要経費にはならず、耐用年数にわたって各年分で減価償却費として必要経費となるためです(減価償却費は除外します)。

副次的な効果ともいえますが、収入から固定資産以外の支出を差し引いた段階では収支差額がプラスの時でも、多額の投資をしていると固定資産の支出を含めると収支差額がマイナス(キャッシュ流出超)になったと分析できます。

負担する消費税の額

収入と支出(投資)を税込みにしていることから、ここで消費税の額(納税または還付)を出します。

ある意味で、この段階で税込みキャッシュ・フローから税抜きキャッシュ・フローへと変換されるのです。

税抜経理方式で処理している優位性がここで発揮されます。物件ごとに仮受消費税と仮払消費税が捉えられているからです。

ポイントは、実際の消費税の支払いのタイミング、すなわち、当年で支払う中間納付額と翌年に支払う確定申告での納付または還付額といったタイミングのズレは度外視して、未払の納付額や未収の還付額も含めていきます。

一定期間の厳密なキャッシュ・フローではなく、どれだけ消費税のキャッシュ流出(納付)とキャッシュ流入(還付)があるのかを把握するほうがより正確でわかりやすいと思われます。目的は期間ではなく累計です。

なお、消費税が簡易課税制度の場合、仮受消費税から仮払消費税を差し引いた額よりも簡易課税の納付額のほうが小さくなるいわゆる益税が生じることが多くあります。この益税は、消費税の負担を免れたという消極的なキャッシュ流入でもあり、いっぽうで、益税により不動産所得が増えることによる所得税の負担の増大という積極的なキャッシュ流出となります。

また、複数の物件を保有している場合で、一部が居住用物件の場合には非課税売上が大きくなるため、他の物件で仮受消費税から控除できる消費税額に影響を与えますが、控除できない消費税額を各物件に合理的に配分します。

負担する所得税の額

さて、会計ソフトの適切な部門設定と正確な入力により、個々の物件についての損益が算定されることになります。最終的な不動産所得はすべての物件の損益の合計になりますが、不動産キャッシュ・フローの算定のためには個々の損益が出発点となります。

所得税の申告では、複数の不動産から生じる損益を合計したところで不動産所得が計算され、されに不動産所得は給与所得や事業所得などの他の所得と合算されたところで税率を乗じて所得税(および復興特別所得税)が算定されます。

このため、個々の物件に負担させる所得税の税率は、個々の物件の損益の額ではなく、確定申告書で他の所得や所得控除額を反映して最終的に適用された税率を使います。

どんなに少額な所得であった物件でも、全体の所得に対して最高税率(復興特別所得税と合わせて45.945%)が適用されているのであれば最高税率を負担させることになります。

逆に、不動産所得が赤字であった物件については、税額はゼロとなります。ただし、負債利子のうち土地等を取得するのに要した額があり、それを反映すると税額を負担したといえる場合にはその税額を負担させます。

なお、所得税の納付については、その年分中には予定納税があり、最終的な納付額は翌年の確定申告でとなります。

しかし、投資の成否を判断するための不動産キャッシュ・フローでは、一定期間内のキャッシュの増減よりも、投資時点からのキャッシュの増減を累計でとらえることが課題のため、実際の所得税等の支出のタイミングではなく、各物件について、その年分の不動産所得について負担すべき所得税額を算定します。

負担する住民税の額

所得税の確定申告における不動産所得の計算でまったく反映されないのが、当然といえば当然ですが、住民税です。不動産から所得が発生している以上、所得税ばかりでなく住民税も発生していることになります。そこで、所得税が発生した物件に住民税を負担させます。基本的には不動産所得の10%相当額を負担させます。

ところで、個人の住民税は、前年分の所得に対して課される税金であり、起因となる所得と支出のタイミングには1年ずれが生じます。しかし、投資の成否を判断するための不動産キャッシュ・フローでは、一定期間内のキャッシュのよりも、投資時点からのキャッシュの増減を累計でとらえることが課題のため、実際の住民税の支払いのタイミングではなく、住民税が課される起因となる前年分のキャッシュ・フローとします。また、こう解するほうが、損益分岐点となる売却額を算定する際には、住民税が取り込まれているためより精度が増すといえます。

負担する事業税の額はあえて考慮しない

事業税も前年分の所得に応じて課される税金です。だとすれば、所得税や住民税と同じく取り込んでいくべきものです。

しかし、事業税が所得税や住民税と異なるのは、不動産所得の計算上必要経費に算入されるためあえて特段の考慮はしません(ただし、損益分岐点を算定する段階では考慮します。後述)。

もっとも、前回コメントしましたが、不動産所得の計算で各物件に事業税額を適切に配分することが重要です。

損益分岐点売却額の算定

初期投資の自己負担額を、投資後のキャッシュ・フローと不動産の売却額の合計額で回収できれば、投資としては成功となりますし、投資金額を一部借入金によって調達した場合は、不動産の売却額によって借入金を完済して自己負担分も回収できれば成功になります。

ところで、中古不動産を購入するときには、敷金や前受家賃は差し引かれて支払いを行ってます。逆に、売却の時は、敷金や前受家賃を差し引かれた額が入金することになります。

そこで、売却時点を想定して、その時点における債務(前受家賃や敷金や借入金の残高)を算定します。

さらに、事業税の額を計算して盛り込みます。事業税は前年の所得に基づいて課される税金ですが、翌年の不動産所得の必要経費に取り込まれます。しかし、売却時点を想定すると、事業税は売却後に負担することが想定されるため、売却前の年分に係る事業税も含めた額を回収できる額が損益分岐点ということになります。

そして、売却額に含まれる建物部分の消費税額(土地部分は消費税は非課税)や、売却益が発生した場合の所得税や住民税(分離課税)を織り込みます。

投資としては成功しなくても、譲渡所得は発生するからです。

(つづく)