( 6 )従業員単位の労務費の算定(給料と賞与)

高精度な労務費原価計算のもうひとつの中心となる、従業員の労務費の算定とワークシートの作成についてコメントいたします。

まずは、給料と賞与です。

給料の締め日に応じたワークシートの作り方、また、月次決算の精度やスケジュールに応じて概算額を算定する場合のワークシートの作り方についてもコメントいたします。

従業員単位での労務費の算定

高精度の労務費原価計算とは、労務費の各要素(給料、賞与、社会保険料など)を部門等の合計額ではなく従業員等一人一人で収集し、労務費の業務への区分も、従業員等一人一人で行うものです。

従業員単位の原価計算結果を集計して、全社的な金額を把握するのです。

さて、高精度でなくとも、まともな労務費原価計算を行うためには、期間中に発生した労務費をもれなく計算対象にしなければなりません。

通常、原価計算は月単位で行いますが、その場合は月初日から月末日までの労務費を収集しなければなりません。

今回は、給料と賞与についてコメントいたします。

給料

原価計算期間が月初日から月末日であれば、労務費も作業時間もそれに合わせなければ意味のない計算結果となります。

そのため、給料の締め日が月末でない場合には、調整を行わなければなりません。

締め日によっては分割して計算

給料の締めが20日締めである場合には、給料の算定期間は前月21日から当月20日ですが、原価計算のためには当月1日から当月末日までの情報を得ることになります。

この場合、当月21日から当月末日までの給料情報を持っていなければなりません。

つまり、給料金額を「前月21日から前月末日までの期間に対応する額」と「当月1日から当月20日までの期間に対応する額」のふたつに分割することが必要です。

  • 前月21日から前月末日までの期間に対応する額
  • 当月1日から当月20日までまでの期間に対応する額

よって、原価計算のための給料金額のワークシートは、「当月1日から当月20日まで」と「当月21日から当月末日まで」の2つを用意することが必要になります。

ポイントは、この2つは分けたままで原価計算を行う(最後に計算結果を合計する)ことです。理由は後述します。

残業手当

残業手当の精算は、いろいろな方法があります。給料の締めと同じ期間に残業手当を集計し給料と同じタイミングに支給したり、翌月の給料で支給したり、または給料は20日締めでも残業手当は月末締めで翌月に支給したりなどです。

とはいえ、原価計算のための情報は、あくまで当月1日から当月末日までに発生する残業手当の額を収集することが重要で、給料の実際の支払いに引きずられるべきではありません。

さて、時間外手当、残業手当や休日手当などが生じた日時は特定できます。また、これらの割増賃金が発生したときに行っていた業務も特定できます。

原価計算は、期間中に発生した労務費と労働時間を、集計対象となる業務ごとの原価として再集計します。しかし、固定給部分とは異なり、残業手当などの割増賃金が発生する場合には、その割増分は、その時間帯に従事していた業務(作業)に直接割当てられることになります。

昇給等

ベースアップや昇給(あるいはその逆)については、計算経済性の観点から変更のタイミングを給料の締めに合わせることが多いと思われます。この場合、当月1日から当月20日までの期間に対応する部分は旧体系、当月21日から当月末日までの期間に対応する部分は新体系によって情報を集計します。

(疑問)源泉徴収額や支給額がおかしくならないか?

ここで、「そんな計算すると、20日締めで計算する実際の支給額に基づいて所得税等の源泉徴収をしているのにおかしくならないか?」という批判が考えられます。

しかし、会計上の仕訳で申し上げますと、原価計算は「借方サイド」の話であり、給料や残業代や法定福利費というのは「借方サイド」です。いっぽう、源泉徴収額や支給額というのは「貸方サイド」の話です。原価計算のために給料の額を分割して計算することはあっても、源泉徴収額や支給額を分割する必要はありませんし意味のないことです。

(疑問)社会保険料などの計算がおかしくならないか?

また「社会保険料や労働保険料の計算がおかしくならないか?」という批判が考えられます。

原価計算の対象には、給料や賞与の金額だけではなく、給料や賞与に付随して発生する社会保険料や労働保険料などの会社負担分(法定福利費)も含まれます。

まず、労働保険料については、標準報酬月額ではなく実際の給料支給額に基づいて計算するため、給料を分割して計算しても、それと同じく分割して計算すればよいだけです。

次に、社会保険料(健康保険料や厚生年金保険料など)です。 毎月分の社会保険料は毎月の給料の額を基礎に算定するのではなく、標準報酬月額を基礎にしています。

標準報酬月額とは、原則として、4月から6月までの3ヶ月の給料(に加えて通勤交通費その他いわゆる現物給与も含みます。)の平均額から決定され、この標準報酬月額の等級に応じて、9月から翌年8月までの各従業員の社会保険料の金額が決まります。ただし、昇給や降給により変動はありえます(随時改定)。

標準報酬月額は、給料の支給に対応しているため、理論的には給料の締め日と対応しているといえます。つまり、給料が20日締めで前月21日から当月20日までの期間だとすると、標準報酬月額すなわち社会保険料の発生もこれと同じということです。

だとすれば、標準報酬月額の変更があったとしても、先ほどのベースアップ等と同じく給料の締め日の先後がそのタイミングとなることから、給料と同じく「前月21日から前月末日までの期間に対応する額」と「当月1日から当月20日までの期間に対応する額」に分割して別途でワークシートを作って計算することは、かえって理論的といえます。

むしろ、計算上注意すべきなのは、社会保険料の納付は月遅れであることです。たとえば、3月分の社会保険料の納付は4月末日であり、給料からの天引きも4月分の給料から行うことがむしろ一般的です。よって、天引きした額から割り返して社会保険料(法定福利費)を算定すると、それは3月分ということになり、期間対応がされず、まともな原価計算結果にならないことになります。

概算額で原価計算を行う場合

しかも、会計に原価計算情報を忠実に反映しようとし、かつ、(月次)決算のスケジュールが早い場合には、当月21日から当月末日までの給料金額は概算額で計算せざるをえないことになります。

また、先ほど述べたように、給料締め日にかかわらず、残業代(残業手当)を取り込まなければならないことがあります。

その場合、会計上は「概算額の計上」「その戻入れ(洗い替え)」「確定額の計上」ということになるため、追加的なワークシートも増えることになります。

例えば3月分のワークシートは次のとおりです。

  • 3月1日から3月20日まで(確定額)
  • 3月21日から3月31日まで(概算額)

4月以降に3月下旬の給料金額が確定するため、3月分を確定額のみで再計算します。給料金額に関するかぎり、これが確定版となります。

  • 3月1日から3月20日まで(確定額)
  • 3月21日から3月31日まで(確定額)

会計上は、3月の(月次)決算で計上した、3月21日から3月31日までの概算額を基礎にして計算した原価額の戻入れ(反対仕訳)を入れることになります。

いっぽう、4月分については、4月21日から4月30日までは概算額に基づいて原価計算します。

  • 4月1日から4月20日まで(確定額)
  • 4月21日から4月30日まで(概算額)

確定額と概算額をキチンと分けることは会計の基本中の基本なので、月次決算に原価計算結果を忠実に反映しようとする場合には、「当月1日から当月20日まで」と「当月21日から当月末日まで」とで別々に原価計算を行って、その結果を会計上処理するほうがわかりやすいと思われます。

最終的には確定額のみで計算した結果を利用するわけで、概算額での計算は月次決算上の目的にすぎません。

計算経済性や事務の簡便化を優先し、月次決算の精度はどうでもいい場合には、年1回原価計算結果を仕訳すればよいため、確定額が決まった段階で「当月1日から当月20日まで」と「当月21日から当月末日まで」の月間給料金額で原価計算をすればよいと思われます。

(ポイント)ワークシートは合計せず、バラバラのままで計算する。

労務費原価計算は、一定期間に発生した労務費と労働時間から、特定の業務等に係るコストを計算することです。

すると、いろいろな労務費(給料、賞与、法定福利費)をいったん合算して、それと労働時間で計算するほうが効率的です。

しかし、この方法は勧められません。バラバラのワークシートのままでそれぞれ原価計算をし、それらを別途合計すべきです。

つまり、「当月1日から当月20日まで」と「当月21日から当月末日まで」を合計したワークシートを作成し、これによって原価計算をしてしまわないことです。

なぜなら、たしかに当月1日から当月末日までの給料金額で原価計算を行うことそのものは正しいのですが、月次決算に原価計算結果を反映させようとすると会計処理がしにくくなるからです。

と申しますのも、会計処理は、実際の給料支給額をベースに行うことが一般的であり、つまり、給料締め日をベースに「前月21日から当月20日」までの金額を計上するためです。これは、実際の支給と同じにしたほうが処理や検証も容易であり、残業手当等の変動部分については会計上は別途対応すれば足りるからです。

原価計算の結果を会計処理する場合にも、まずは一般的な給料支給の仕訳が入り、ここから原価計算の仕訳を入れていくほうが仕訳的なストーリーがわかりやすいため、第三者の検証も容易と考えられます。

また、会計上の要求で、概算額での原価計算をせざるをえないことがあります。このとき、すべての労務費を合算してしまっては、確定額と概算額が混在してしまいます。

概算額は概算額の、確定額は確定額の、それぞれバラバラのワークシートで計算を行えば、各項目の会計処理もしやすく、また、 先行して計上した概算額を確定額に置き換えやすくなります。

賞与

ある月(ここでは7月とします。)に賞与180が支給されたとします。そして、給料の締め日が20日であることとのバランスから、賞与の支給対象期間は1月21日から6月20日であったとします。

この賞与の額を支給した7月の原価に入れてしまったらおかしいことは直感的に理解できるかと思われます。7月の労務費だけ異常に高いことになってしまいます。

そこで、賞与の額を支給対象期間に配分します。

具体的には、1月21日から6月20日までに配分します。ただし、原価計算期間は月初日から月末日のため、実際には次のようになります。

  • 1月21日から1月31日までの期間に対応する賞与の額・・10
  • 2月1日から2月末日までの期間に対応する賞与の額・・30
  • 3月1日から3月31日までの期間に対応する賞与の額・・30
  • 4月1日から4月30日までの期間に対応する賞与の額・・30
  • 5月1日から5月31日までの期間に対応する賞与の額・・30
  • 6月1日から6月20日までの期間に対応する賞与の額・・20

賞与が確定したら、その賞与支給期間に配分することになりますが、これでは、賞与が支給される月まで待つことになります。

ところで、原価計算をしない場合でも、会計上は月次決算で賞与の支給見込みの概算額を計上することはよくあります。

そこで、賞与の概算額で原価計算を計算するワークシートを作り、それを会計上も反映させるということになります。

概算値を月次で計上し、実際の賞与支給額が確定した段階で、それまで計上していた概算額をすべて取り消すのです。

そのためのワークシートを作成し、整備することが重要です。

ちなみに、賞与でも法定福利費は発生します。このため、賞与の概算額で原価計算を行う場合には、賞与の概算額に基づく法定福利費(労働保険料や社会保険料)も概算額を算定して原価計算を行うことになります。

それに係るワークシートもまた準備することになります。

退職給付費用等

もっぱら業績管理目的の場合にはあまり関係ありませんが、会計上の目的の場合には、退職給付費用も原価計算の対象とします。

退職金規定があり、従業員の一部でも支給対象となる要件(勤続年数など)を満たした場合には、退職給付費用相当額を計上します。

もし、退職給付費用の計上が必要であり、たとえば期末における自己都合要支給額を基にして各従業員別に退職給付費用を算定することが比較的容易であれば、やはり各月にわたって集計すべきです。

退職金は従業員単位で算定されるため、従業員ごとの退職給付費用の把握・集計は相対的に容易と考えられます。 退職給付費用の場合、従業員単位で退職給付費用を把握することが可能です。

ただし、決算時に会計上の退職給付費用が算定されることもあるため、この場合には賞与のように概算額を月割計上し、確定額が判明した段階で確定額に洗い替えることになります。

また、勤続年数の関係で、ある月を境に退職金要支給額が発生したり、ある月を境に退職金要支給額が増加することがあります。この場合には、その月の前後で計上額を増加させることになります。

なお、中小企業退職金共済制度などに加入しており、各従業員別の掛金が定まっている場合、会計処理上は法定福利費で計上することも少なくないため、これに従います。掛金の額は実際の給与支給額とは無関係のため、実際の掛金を従業員単位で把握・集計することになります。

( つづく )