非上場株式の贈与のタイミング
株式の価値の算定方法はさまざまですが、贈与の場合は無償ということもあり、贈与税(相続税法)のルール、具体的には、財産評価基本通達にある「取引相場のない株式」の評価ルールに従うということになります。
このルールによれば、株式の評価額(贈与税の課税価格)は毎月変わります。当然といえば当然ですが・・・
とりわけ、贈与の時期が決算日の前か決算日の後かによって劇的に評価額が違うことがあります。
どちらがトクなのかは個々の事情によって異なりますが、最適なタイミングを逃さないことが大切と考えられます。
非上場株式(取引相場のない株式)の株式の贈与とは
相続税対策、あるいは、事業承継で、非上場株式を贈与することは少なくありません。 とくに、暦年贈与の場合には、基礎控除額110万円とはいえ、コツコツと行えば大きなものになりますし、贈与から3年経過したら、(相続時精算課税制度による贈与と異なり)相続開始があっても相続税の課税価格に算入せずに済みます。
さて、この場合、株式を贈与したときの価値(贈与税の課税価格)はどう算定されるのでしょうか。
株式の価値の算定方法はさまざまですが、贈与の場合は無償ということもあり、贈与税(相続税法)のルール、具体的には、財産評価基本通達にある「取引相場のない株式」の評価のルールに従います。
このルールによると、課税時期(贈与日)によって評価額に大きな差が出る可能性があります。
とりわけ、贈与の時期が決算日の前か決算日の後かによって劇的に評価額が違うことがあります。
決算日の前後で評価額が(劇的に)変わる理由
とりわけ、贈与の時期が決算日の前か決算日の後かによって劇的に評価額が違うことがあります。
その理由は、ルール上、評価額に重要な影響を与えるポイントで直前期末の数値を用いるからです。
会社規模の判定への影響
まず、直前期の数値が用いられるのは、会社規模の判定です。
会社規模は、業種を大まかに3区分し、従業員、総資産額、売上高の大きさで判定されます。
たとえ、3月決算法人で3月30日に贈与するとしても、会社規模の判定には、直前期末(正確には直前期末前1年間)の数値を用います。
実際は個々の事例によって異なりますが、一般的に類似業種比準方式による評価額のほうが、純資産価額方式による評価額よりも大きい傾向にあるため、会社規模の判定は、類似業種比準価額をどのくらいの割合で併用できるかに極めて大きな影響を与えます。
類似業種比準方式による評価額の算定への影響
次に、直前期の数値が用いられるのは、類似業種比準方式の比準要素(配当、利益、純資産)です。
たとえ会社規模の判定で大会社となっても、純資産価額方式が強制される「比準要素1」や「比準要素ゼロ」となることもありえます。
また、類似業種比準方式の評価額は、「評価会社と類似する業種の株価×評価会社と類似業種の比準割合を乗じた額×評価会社の規模による斟酌率」となります。
比準割合については、平成28年分までは、評価会社の3つの比準要素(配当、利益(正確には法人所得(法人税申告書別表四の入手が必要))、純資産(正確には税務上の純資産(法人税申告書別表五(一)の入手が必要))別の比準割合の併用は均等ではなく、利益のウエイトが高かったため(配当、利益、純資産の比率は1 : 3 : 1 )、直前期の法人所得(もちろん青色欠損金控除前の数値です)が大きいとより高額な評価額になりました。
平成29年分からは、平成11年分以来久しぶりに、評価会社の3つの比準要素のウエイトが同じ(配当、利益、純資産の比率は1 : 1 : 1 )となり、直前期の経営成績がよかった場合に急激に株価が上がるということはなくなりました。
また、評価の安全性を考慮した評価会社の規模による斟酌率は、大会社70%、中会社60%、小会社50%となります。
斟酌率だけからみると、他の数値が同じだと小会社が類似業種比準方式による評価額は最も小さいことになります。ただし、小会社は類似業種比準方式による評価額と、純資産価額方式による評価額を50%ずつ併用するため、純資産価額方式による評価額が大きいと、最終的な評価額は何ともいえなくなります
純資産価額方式による評価額の算定への影響
純資産価額方式による評価額の算定は、基本的には課税時期(贈与の日)の直近の会計上の貸借対照表(資産および負債)を基礎として算定しますが、資産については、時価により評価を行います。
さらに、評価額の算定には、会計上は資産として計上されない資産を計上することがあります。これによって、会計上は純資産がマイナス(債務超過)であっても、純資産価額方式の評価額がプラスになることがあります。
このような資産のひとつが営業権です。実は営業権を評価する場合も、直前期末以前の数値を基礎として計算します。
毎月変わりうる評価額
企業は常に活動を行っているわけですから、毎月評価額が異なるのはある意味で当然と言えば当然ですが、ルール的にはどうなのか検討してみたいと思います。
純資産価額方式による評価額の算定への影響
純資産価額方式で評価する場合、課税時期現在の資産や負債を基礎として計算する、実際には課税時期の直前月末で仮決算するのが原則です。
もっとも、直前期末から課税時期までの間に資産および負債の金額について著しく増減がないと認められる場合には、直前期末現在の資産および負債を基礎として評価して差し支えないとされています。
これは、課税時期に仮決算を組むのが煩雑であるため、課税上弊害がない範囲で、直前期末の資産および負債を課税時期現在での数値として計算することが認められるというものです。ただし、直前期末の数値が課税時期の数値と「みなされる」わけではありません。
とすると、期首から課税時期の直前の月末までの業績が赤字の場合、仮決算をしたほうが純資産価額方式による評価額はより小さくなります(もっとも、資産の含み益が増加していたら何ともいえません)。このような場合、評価額を低くしたいのであれば、煩雑であろうと原則どおり仮決算をすべきということになります。
逆に、期首から課税時期の直前の月末までの業績が黒字の場合、仮決算をしたほうが純資産価額方式による評価額はより大きくなります。評価額を低くしたいのであれば、直前期末の数値によって評価額を算定したいということになります。このときに、「課税上弊害があるかないか」の問題となります。
さらに、いわゆる「3年シバり」の問題があります。
課税時期以前3年以内に取得した土地や建物は、路線価ではなく通常の取引価格(課税時期の時価)で評価することになっています。
贈与を「決算日の前か決算日の後にするか」も大きなインパクトとなりえますが、「土地や建物を取得して3年経過したかどうか」もそれなりのインパクトがあります。
単純に言えば、路線価が時価の80%相当で設定されていることを考えれば、3年を経過すれば通常の取引価格の20%減、3年以内なら路線価の1.25倍となります。
ちなみに、贈与ではなく譲渡のときは、土地や建物は通常の取引価格で評価することになっています。
類似業種比準方式による評価額の算定への影響
先ほども申し上げましたが、類似業種比準方式での評価額を算定するとき、評価会社と類似業種との比準要素(配当、利益、純資産)は直前期の数値を用います。
そして、配当、利益、純資産の各要素別の比準割合を1 : 1 : 1 として算定した比準割合を乗じる類似業種の株価は、「課税時期の属する月」「課税時期の属する月の前月」「課税時期の属する月の前々月」「前年の平均株価」「課税時期の属する月以前2年間の平均株価」のうち、最も低い値を乗じます。
毎月の類似業種の株価情報については、国税庁のサイトで随時更新されています。
「(国税庁)ホーム > 税について調べる > 法令解釈通達 > 財産評価関係 個別通達目次」に「平成○年分の類似業種比準価額計算上の業種目及び業種目的別株価等について(法令解釈通達)」です。
類似業種の株価が上昇基調の場合には、「前年の平均価格」が最も低い値となるため、1年中変化がないこともありえます。
類似業種の株価が変動している場合には、「課税時期の属する月」「課税時期の属する月の前月」「課税時期の属する月の前々月」「前年の平均株価」「課税時期の属する月以前2年間の平均株価」のどれが最も低いかわからないことになります。
注意点
税法のルールであっても、非上場株式の評価額は常に変化しています。贈与税の申告は1月1日から12月31日までの贈与について行います。
とすると、1年間で最も低く株価が算定されるタイミングで贈与すべきということになります。
ここで、いくつか考慮すべき点を検討してみましょう。
民法の問題
贈与は、当事者の一方が自己の財産を無償で相手方に与える意思を表示し相手方が受諾をすることによってその効力を生じます(549条)。贈与はいわゆる諾成契約であるため、贈与者からの口約束などによっても有効に成立するのです。
もっとも、軽率に約束をしてしまった贈与者に履行を強制するのが酷な場合もあるため、贈与意思が明確に確認しうる書面によらない贈与は、各当事者が撤回できます(550条)。ただし、履行の終わった部分については、この限りではありません。
550条の反対解釈から、書面による贈与は撤回することができません。
後述するように、譲渡制限株式は会社の承認が必要なため(ただし、会社の承認がなくても取引当事者間では取引そのものは有効で、会社との関係で無効になるにすぎません)、また、会社法施行後、株券不発行が原則となり、それ以前も株券不所持などになっているため、履行そのものを対外的に明示できないことから、書面によらない贈与は通常はないと考えられます。
ただし、書面による贈与は撤回できなくても、贈与を受けた者が、贈与者から受けた恩に背くような著しい背信行為を行い、かつ、贈与の効力を維持することが贈与者にとって著しく酷と言える場合には、判例上、信義則(信義誠実の原則、民法1条2項)で撤回できることもあります。
会社法上のガバナンス、コンプライアンス上の問題
圧倒的多数の会社は、株式の譲渡(による取得)につき会社の承認を必要とする株式のみを発行しています(公開会社でない会社)。
贈与も無償による譲渡であり、会社の機関(取締役会など)による承認を要します。この点からして、少なくとも民法での書面によらない贈与というのは妥当しないと考えられます。ただ、一定の株数の譲渡につき会社の承認を得ておいて、結果的に実際に譲渡したのは承認を得た株式数のうち一部だけだったということはありえるかもしれません。
なお、株式の譲渡は、株主間での株の移動であり、会社が買い取ることになる場合を除いて、当事者間でいくらで売買されたのかについては会社的にはノータッチです。
また、評価額は毎月変わることから「株価が低く計算される最も美味しいタイミングで無償譲渡(贈与)したことにしよう」という邪な考えも起こりえます。
「バックデートで譲渡承認の関連書類を作ろう」ということもあるのかもしれません。
このような場合、承認当時にはすでに退任している役員が議事録に名を連ねていたり、商号変更しているのに「昔の名前で出ています」状態になっていてボロが出ることがままあります。
「ケアレスミス」の問題
先ほど申し上げた、国税庁の類似業種の株価の情報は、当然のことですが、タイムラグを伴って公表されます。
とはいえ、「29年4月に贈与したけど、このときはまだ4月分の類似業種の数値が公表されいなかったから贈与当時公表されていた数値で評価した」と主張するのは困難です。株価は無償で、贈与時に当事者間で評価額のイメージはあるかもしれませんが、評価額(贈与税の課税価格)の計算は翌年の贈与税の申告時に事後的に行われます。
なお、この主張、贈与では厳しいですが、譲渡(売買)では有効となりえるかもしれません。
ところで、事後的に評価額が固まるのなら、「株価が低く計算される最も美味しいタイミングで贈与したことにしよう」という邪な考えも起こりえます。
たとえば、3月決算の法人について、後になって「決算日前に贈与した方が評価額が低いから3月末までに贈与したことにしよう」という発想もないとはいえません。
ところで、法人税の申告では、株主の状況を申告します(別表二「同族会社等の判定に関する明細書」)。
3月決算法人で株式を3月末までに贈与したならば、法人税の申告でも前期末の別表二と記載内容が変わることになります。
それなのに、法人税の申告でも前期末と同じ記載内容の別表二を申告しながら、翌年の贈与税の申告書で3月末までに贈与を行ったものとして申告すると、矛盾が生じて当局から誤解を受けることになります。
くれぐれも、ケアレスミスのない申告を行い、当局からの誤解を受けないようにしましょう。
特別受益の問題
暦年贈与による場合、生前贈与から3年経過すれば相続税の課税価格を構成しません。
税金という小さい枠組みで言えば、その範囲では成功といえるかもしれません。
しかし、税金よりも大きな枠組みで捉えれば、生前贈与は特別受益を構成します。そしてその評価は相続開始時とされています。持ち戻しや遺留分の問題になる可能性もあります。
とくに、きょうだい間で争いをしている場合などは、きょうだいには遺留分が認められていないことからすると、特別受益の持ち戻しによってあらためて遺産分割を主張される(する)ということも考えられます。
税金だけの切り口で考えていいのか、いろいろ考え方はありますが、どちらが正しいのかという価値判断の問題ではなく、選択の問題なのだろうと思います。
(おわり)