現預金にまつわる相続や贈与についての解説

相続税は、被相続人の財産を遺産分割や遺言などによって取得した個人(法定相続人ほか)に課される税金です。そして、相続税の額の基礎となるのは、課税時期(亡くなった時)における被相続人の財産の価額、つまり、相続税は、被相続人の財産に課されます。

ということは、「被相続人の財産でなければ相続税は課税されない」ことになります。

ところが世の中そんなに甘くなく、実際はそうではありません。このことについて、被相続人(になる人)のおカネをテーマにして述べたいと思います。

被相続人の預金と相続税

被相続人の預貯金口座も、もちろん相続税が課税される財産になります。 金融機関からは被相続人名義で相続開始の日現在の残高証明書が発行されます。基本的にはこの残高証明書の金額(定期預金等については未収になっている利息を加算します。)で相続税の申告をします。

さて、「被相続人の財産でなければ相続税は課税されない」のなら、「亡くなる前に、被相続人の預金からどんどんおカネを引き出して、残高を減らしちゃえばいいじゃないか」という考えが浮かんできます。 被相続人が急にお亡くなりになった場合ではなく、長い間闘病生活をされていた場合には、いろんな外野から相続税対策とやらによって知恵をつけられ、さまざまなことをしているはずなのです。

とくに、その時が近づいてくると、それなりにまとまった額の引き出しがあるものです。これは、亡くなった日の預貯金の残高を減らして相続税の課税価格を減らすというよりも、相続が開始すると葬儀等の支払いがかかる一方で被相続人の預金口座は金融機関から事実上凍結されてしまうため、当座の支払いに備えて現金を引き出しておこうというものです。ちなみに、金融機関が預金口座を凍結してしまうのは、もし相続人間で争いがあると「アイツが勝手に預金を引き出した。なんで銀行はそれに応じたのか」という身内の争いに巻き込まれるのを避けるためです。

さて、このように相続開始の前に引き出した現金のうち、相続開始時に存在したものは相続財産として申告します。誤解しやすいのは、その後に現金は葬儀等の支払いに充てたからなどとして現金を相続財産として申告しないことです。この場合、申告書では現金と葬儀費用が両建てとなります。

名義預金について

「被相続人の財産でなければ相続税は課税されない」のなら、家族など他人名義の口座を作り、そこに自分のおカネを入れることで、自分の相続財産(と相続税)を減らしつつ、家族などにはそのお金で自分の死んだ後の生活に役立ててほしいという考えはおかしくはないと思われます。

ただ、近年はマネーロンダリング防止等のからみで金融機関における本人確認が厳格化されているため、家族に悟られないように家族名義の預貯金口座を作ることは困難ですが、相続人等の本人に預貯金口座を作ってもらい、その預金通帳等を預かることは可能です。

さて、国税庁のパンフレットでもうたわれていますが、名義にかかわらず、被相続人が取得等のための資金を拠出していたことなどから被相続人の財産と認められるものは相続税の課税対象となります。したがって、被相続人の財産と認められる預貯金などで家族の名義や無記名のものなどの被相続人名義以外のものも、相続税の申告に含める必要があります。

預貯金口座の場合、それが被相続人の財産なのか、それとも、被相続人以外の名義人(相続人等)の財産なのかについては、総合的に判断することになります。

まず、預貯金口座の名義人(相続人等)が、そもそもその当該口座の存在について知らない場合には、当該預貯金口座を管理していた者の財産である蓋然性が高いといえます。

下世話な「アウト」か「セーフ」かで申し上げますと、被相続人の遺品の整理の段階で、被相続人名義の通帳と一緒に出てきた相続人等の名義の通帳や定期預金証書などは、「アウト」(被相続人の相続財産)であると思われます。

また、預金口座の名義人が当該口座の存在について知っていても(先ほど申し上げた口座開設だけは相続人等の本人が行って被相続人に預けた場合などです。)、当該名義人(相続人等)は通帳もキャッシュカードも持たず口座の資金を自由に使うことができなかった場合も同様と考えられます。

ところで、サイト等を見ますと、被相続人と名義人(相続人等)の印鑑が同じだと、相続人等名義の預金口座は被相続人の財産とされやすい云々のコメントがあります。

たしかにその可能性はありますが、たとえばカードと通帳を相続人等が持っている場合には、その口座の資金は相続人等が自由に使うことができるため、たとえ印鑑を被相続人が持っていてもどうすることもできません。そのような場合にまで、被相続人と同じ印鑑ならばただちに被相続人の口座になるというのはちょっと短絡的なような気がします。

名義預金とされないためには

税務調査は人間が行うものです。人間はどうしても先入観や偏見でものごとを見てしまいがちです。国家権力と争ったり議論することに喜びを見出すのであればともかく、そうでないのならば、やはり誤解を招くようなことは行わないことが賢明です。

だとすると、他人名義の預金口座の残高が被相続人の財産だと誤解されないためには、少なくとも預金口座の管理は名義人自身で行うことが重要です。

つまり、通帳や印鑑、キャッシュカードは名義人自身が所持して自由に預け入れと引き出しができる状態にしておくことです。

口座名義などよりもおカネの出所のほうがよっぽど重要

さて、長々と書いておいて恐縮ですが、預金口座の名義というのは実は根本的な問題ではなく、重要なのは、相続人等の預金口座に入金したおカネはどこから入金しているのかということです。つまり、そのおカネは被相続人のおカネが入金しているではないのですか?ということです。

つまり、どういうことかと申しますと、被相続人の預金口座から相続人等の預金口座に移動した資金は、多くの場合は被相続人から相続人等への贈与といえるものです。

贈与には贈与税がかかりますが、贈与税の申告はしていないものです。 なお、贈与税の申告というのは、贈与をした人ではなく贈与を受けた人が行い、贈与を受けた人が納める税金です。

一般的に贈与がバレてしまうのは、贈与そのものではなく、贈与されたもの(とくにおカネ)で土地や家屋や自動車などを買ってしまうときです。横領も似たようなものです。ですから、横領事件などで、そのおカネを酒やギャンブルなどに使ってしまうのはアシがつかないようにするためもあると思われます。 しかし、相続税の調査では国家権力により預金取引などが徹底的に調べられるため、何かを買わずとも入出金でわかってしまいます。

そこで、苦し紛れに「これは贈与ではなくて借入金なんです」って主張するために、金銭消費貸借契約書とか借用書などをあわててシコシコこしらえるわけですけど、たいがいは日付とか名義に矛盾があってボロが出てしまい、当局にはおいしい「仮装隠ぺい」になり、重加算税というペナルティが課せられてしまいます。

贈与がバレないようにしようと・・・

被相続人の預金口座から相続人等の預金口座に振込みをすると、相続人等の預金口座の入金欄に振込人が記載されるためあまりにもバレバレで、おまけに振込手数料ももったいないということになれば、被相続人の預金口座からおカネを引き出し、これを相続人等の預金口座に入金することになります。同じ金額だとあまりにもバレバレなので「小分け」とか「日を変える」などのコスいやり方もありえます。

しかし、相続人等の預金口座に入金があることは確かであり、「この入金はなに?誰(どこ)からの?」ということになります。被相続人からのおカネなのか、こっそり副業によるものなのか、ヘソクリなのか、いろいろありますが、疑うことがお仕事の方からすると疑われるところではあると思います。

いっぽう、被相続人の預金口座からおカネが引き出されていることもまた確かであり、被相続人の生活ぶりや扶養状況からみてちょっと引き出し額が多すぎるということになればやはり同様と思われます。

まして、被相続人からの振込みだとバレないようにATMで振込人の名前を変えてしまうことも考えられますが、これがバレてしまうと、言い訳がほぼできない明らかな「仮装隠ぺい」になり、やはり重加算税というペナルティが課せられてしまいます。

(ご参考)家族でも贈与税がかかる場合

家族では贈与税はかからないだろ!」って一見もっともらしい主張があります。しかし、国税庁のサイトを見ても、「夫婦の間で居住用の不動産を贈与したときの配偶者控除」「直系尊属から住宅取得等資金の贈与を受けた場合の非課税」などというのが出てきます。つまり、家族でも贈与税がかかるのが前提であり、だからこそ「配偶者控除」「非課税」という特例があるのです。

では、なんでもかんでも贈与になったら「生計を一にする」って何だってことになってしまいます。 まず、被相続人の生前に相続人等が贈与によって取得した財産は、所得税法上は非課税所得となり(所得税法9条1項16号)、所得税は課されませんが、贈与税の課税対象となります。

いっぽう、扶養義務者相互間において生活費または教育費に充てるためにした贈与により取得した財産のうち通常必要と認められるものについて贈与税は課税されません(相続税法21条の3第1項2号)。

ここで、「生活費」とは、その者の通常の日常生活を営むのに必要な費用(教育費を除く。)をいい、治療費、養育費その他これらに準ずるもの(保険金または損害賠償金により補てんされる部分の金額を除きます。)を含みます(相続税法基本通達21の3-3)。また、「教育費」とは、被扶養者の教育上通常必要と認められる学資、教材費、文具費等をいい、義務教育費に限られません(相続税法基本通達21の3-4)。そして、「通常必要と認められるもの」は、被扶養者の需要と扶養者の資力その他一切の事情を勘案して社会通念上適当と認められる範囲の財産をいいます(相続税法基本通達21の3-6)。

贈与税が課税されないのは、家族等の受贈者が生活費または教育費として必要な都度、直接これらの用に充てるために贈与によって取得した財産です。したがって、生活費または教育費の名義で取得した財産を預貯金した場合または株式の買入代金もしくは家屋の買入代金に充当したような場合における当該預貯金または買入代金等の金額は、通常必要と認められるもの以外のものとして贈与税が課税されます(相続税法基本通達21の3-5)。

また、財産の果実(利息や配当など)だけを生活費または教育費に充てるために財産の名義変更があったような場合には、その名義変更の時にその利益を受ける者が当該財産を贈与によって取得したものとして取り扱われます(相続税法基本通達21の3-7)。

贈与でなくて借入金・・・でも結局同じ

被相続人(となる人)から相続人等(となる人)の資金の移動が本当に貸付金と借入金の関係であり、当事者間で金銭消費貸借契約等を締結し、これに従って返済や利息の支払いが行われている場合には、贈与にはなりません。

もちろん、金銭消費貸借契約書はあっても、返済がまったくなかったりすれば、贈与だと認定されるリスクは決して低くはありません。

首尾よく(?)贈与でなく借入金だと認められても、「贈与にならなくてよかったね」というのはやや近視眼的かもしれません。

なぜなら、結局は被相続人の相続財産になるからです。

被相続人(となる人)から相続人等(となる人)に1,000万円の資金移動を行いました。贈与税の申告をしていません。

そこで、被相続人(となる人)が相続人等(となる人)に1,000万円を貸し付けたということにします。利息なしで一括返済ということにします。

ここで相続が開始するとします。

被相続人の財産は、相続人等に1,000万円の資金移動をしたために、預金口座はその分減っています。しかし、その金額は相続人等に対する貸付債権1,000万円となり、相続財産となります。

けっきょく同じですよね」ということになります。

一括返済でなくて分割返済ということにして、少しずつ返済してもらったとしても、貸付金の残高は減りますが、現金や預金が増えるので、結局、貸付金と現預金が入れ替わっているにすぎないことになります。被相続人(となる人)が生前に返済された資金を自ら費消したり、あるいは、相続人等(となる人)に贈与するならば別ですが・・・。

贈与がやっぱりいいのか?

贈与になるとまずいから借入金にすればいいと思ったけど、相続税的には同じだとすれば、元にもどって「被相続人の財産でなければ相続税は課税されない」のなら、「やっぱり過去の贈与の分は(無申告加算税や延滞税はかかるけど)贈与税の修正申告をして税金納めちゃえば、もう被相続人の財産にならないわけだからそっちのほうがいいよね」という選択肢が出てきます。

そこで、極端な話、被相続人(となる人)が、相続人等(となる人)が知らないうちに(生前)贈与をし、相続人等(となる人)の名義で贈与税の申告と納税をしてしまうことも考えられます。なお、その贈与税の納付額そのものも贈与税の申告の対象となります。

ただし、贈与したはずの財産を贈与者(被相続人となる人)が贈与前と同じように管理していたりすると、贈与の事実そのものが仮装であると認定される可能性がある・・・かもしれません。

贈与された財産も相続税の申告の対象に

被相続人(となる人)から相続人等(となる人)に生前贈与によって財産を移してしまえば、贈与された財産は相続人等(となる人)の財産であることから相続税の申告とは無関係のように思えます。

しかし、これも甘いかもしれません。

なぜかと申しますと、相続税の申告では、被相続人の相続の開始前3年間に相続人等が生前贈与により取得した財産は、贈与税の申告の有無にかかわらず、相続税の課税価格に加算しなければなりません(相続税法19条)。

つまり、預金口座そのものは名義人のものとして被相続人の相続財産とならなくても、被相続人から拠出された資金が贈与に当たる場合には、結果として相続税の課税価格を構成することになります。

またしても、「けっきょく同じですよね」ということになります。

もっとも、相続税の申告における生前贈与財産の加算は、相続時精算課税制度を選択しているかどうかによって異なります。

相続税精算課税制度を選択していない場合

受贈者(相続人等となる人)が相続税精算課税制度を選択していない場合、贈与者(被相続人となる人)からの贈与については(他の贈与者からの贈与があった場合にはその分も合わせて)各年について基礎控除110万円を超える財産を取得した場合に贈与税の申告・納税をします(暦年課税)。

相続税の申告において加算する贈与財産は、被相続人から生前に贈与された財産のうち相続開始前3年以内に贈与されたものです。注意したいのは、3年以内の贈与であれば贈与税が課税されていたかどうかに関係なく加算します。したがって、ある年において基礎控除額110万円以下で贈与税の申告をしていない財産の価額や死亡した年に贈与されている財産の価額も加算することになります。

相続税精算課税制度を選択している場合

相続時精算課税制度を選択している場合、この制度の対象となる贈与者(被相続人となる人)からの贈与があった場合には、僅少な金額でも贈与税の申告をしなければなりません。この制度では特別控除額2,500万円が設定されており、各年の贈与税の申告で控除することになるため、納付額がゼロでも申告しなければなりません。各年にわたる贈与税額の合計が特別控除額2,500万円を超えた後は、暦年課税の基礎控除110万円はないため、全額について贈与税がかかります。そして、「相続時精算課税」だけに、相続税の申告では過去のすべての贈与を精算するため、結果として被相続人の相続開始前3年よりも前の贈与財産も加算することになります。

ただし、被相続人から生前に贈与された財産であっても、贈与税の配偶者控除の特例を受けているまたは受けようとする財産のうちその配偶者控除額に相当する金額(相続税法21条の5)、直系尊属から贈与を受けた住宅取得等資金のうち非課税の適用を受けた金額(租税特別措置法70条の2)、直系尊属から一括贈与を受けた教育資金のうち非課税の適用を受けた金額(租税特別措置法70条の2の2)および直系尊属から一括贈与を受けた結婚・子育て資金のうち非課税の適用を受けた金額(租税特別措置法70条の2の3)は加算する必要がありません。

なお、その加算された生前贈与財産の価額に対応する贈与税の額は、当該生前贈与財産を取得した人の相続税の額から控除されます。

贈与税の申告について、相続時精算課税制度を選択すべきか、選択はせず暦年課税とするかについては、個々の状況によってどちらが有利かは個々の状況によって異なります。 ただ、暦年課税の場合、毎年110万円の基礎控除を超えた部分にのみ贈与税が課されること、相続税の申告では相続開始前3年間の生前贈与の財産を加算すればよいことを考えると、やはり、最大の相続税対策は、長生きすることということでしょうか。

まとめ

なお、生前贈与でひっかかるのが遺留分や特別受益の問題です。しかし、極端といえば極端ですが、これらを考慮するのもしないのも、つまるところ被相続人(となる人)の自由だと思います。

何が正しいのか、何が正しくないのか、どうしたいのか、それは人それぞれ異なります。

外野としては、被相続人(となる人)がどうしたいのかという意図と真意にズレがないか、そのための手段に齷齪がないかを確かめ、それに従ってサポートすることだと考えます。

(おわり)