「相続対策」なるものとは

相続は、財産を引き継ぐ人たち(法定相続人ほか)にとって利害が対立する関係であることはまちがいありません。

いっぽう、ニンゲンは理性だけではなく感情のある動物です。相続は相手のあることであり、よほど当事者全員が崇高なモラルを持たないかぎり争いは避けられません。 だとすれば、正確な知識と情報と権謀術数によって勝つほかありません。

そのためには、「自分は何がしたいのか、何を求めるのか」を明らかにし、「相手は何がしたいのか、何を求めているのか」を探り、そのうえでさまざまな手を打つことが必要です。

そもそも相続は争いがあるものです

ニンゲンは感情を持った動物です。 アタマではわかっていても、理性的な行動が取れないものです。

アタマではわかっていても、食べてしまう、飲んでしまう、喫ってしまう、怒ってしまうわけです。

理性的だと自負している人でさえ、メンツだとか、ミエだとか、過去のキャリアや長年の努力だとか、そちらのほうが優先されることが多々あります。

相続人が複数いる場合、それぞれの人は利害が対立する状況にあることはまちがいありません。

できれば相続争いはしたくないと思っている「反戦派」は少なくありません。しかし、逆に、相続で積年の不満を一気にぶつけようという「好戦派」もいるはずです。

普段は理性的にし(ていると思っ)ていても、相続となるとエゴイズム全開で自分の欲望だけを主張する人もいます。

また、当事者間は友好であったのに、外野(配偶者やその親戚筋など)がいろいろ意見することで結果的に争いになることは多々あります。

けっきょく、相続とは相手のあることであり(相手とは被相続人も含まれるといえます)、利害対立関係は必然的に生じるわけで、よほど当事者全員が崇高な精神を持ち続け、利害が一致しないかぎり争いは避けられません。

遺言(書)で相続争いはなくなるか

遺言書は、自分の財産を、自分が取得させたい人に取得させることができますし、自分が好かない法定相続人が財産を取得するのを排除することができます(遺留分は除きます)。

このため、相続争いを避けるために、遺言書を書くことを勧める専門家は少なくありません。

遺言を書けば、その内容に従って遺産は分割されるため、遺産分割協議の争いは基本的に回避されることになります。

しかし、相続人間の争いが完全に解消されるわけではありません。

相続人には、通常の場合、相続で一定の財産(額)を受け取れるという期待があります。 遺言に自分の期待とのズレがあれば、亡くなった人に不満をぶつけられないため、その矛先は他の相続人等に向かうことになります。

遺留分の減殺請求権を行使することになるでしょうし、「マインドコントロールして自分に有利な遺言書を書かせただろ」と批判したり、将来にわたって何らかの形で嫌がらせをされることもあるでしょう。あるいは、「一次相続では好きなようにさせて黙っていたが、そのかわり二次相続では思い通りにはさせない」と虎視眈々としている人もいるでしょう。

争いを避けつつも、争いに勝つことが重要

ここまでをまとめてみます。

  • 相続人等が複数いる場合、他人(相手)のあることです。
  • 相続は、関係者の利害がもともと対立する状況にあります。
  • ヒトは理性的や経済合理的に行動するのは限界があります。
  • 関係者の誰かが理性を欠いてしまったら、もはや争いを避けることは困難です。

だとすれば、相続対策は、争いを避けようとすることも大事ですが、争いを前提にして準備し、争いに勝つことが極めて重要と思われます。

ならば、相続対策に必要なのは次の点だと思われます。

  • 自分は何がしたいのか、何を求めるのかを押さえる
  • 相手は何がしたいのか、何を求めているのかを探る
  • 自分の希望どおりになるようにさまざまな手を打つ

自分は何がしたいのか、何を得たいのかを押さえる

ここが固まらなかったり、誤っていると、その先もどうしようもありません。

極めて重要なのは、「自分の置かれた状況を正確につかむ」「正しい知識を得る」ことです。

多かれ少なかれ、いわゆる専門家のサポートが必要だと思われます。

ただ、その専門家の中にも、ネットで検索すれば出てくるようなその分野での一般論な情報しか出せず、個々の事例に的確にあてはめることができない人はたくさんいます。

専門分野の情報を提供するのは誰でもできることですが、それを前提にしてどう進めればよいかを出せるのがプロといえます。

プロとの対話を通じて、自分の思い込みに気づいたり、関係ないと思っていた事情が実は極めて重要なことだったりすることで、さらに自分のイメージを磨き上げていくようなことが理想といえます。

自分の求めるとおりになるためには何が問題なのか、どう解決していけばよいのか(自分だけで済むか、他人の協力が必要なのか)などを詰めていきます。

注意しなければならないのは、とかく専門家は、自分の専門分野やテリトリーでの最適解をアドバイスしてしまいがちだということです。

遺言書を書くことを勧める専門家は、遺言を書かせてナンボです。

弁護士は、ネラっているかどうかは別にして、相続で争いがあるほうが稼げるわけです。

税理士は、とかく節税となるスキームを提示しますが、たとえ税金を多く払う結果となったとしても、求める財産を確実に得る(得させる)ほうがよいこともあります。

もちろん、これらは何ら間違いでもなければモラルに反していることでもありません。慈善活動ではなくビジネスなのであり、とりわけノルマを課せられている人たちには、守るべき組織内の地位があり、家庭があり、人生があるわけです。金融商品を売ったり、賃貸マンションの工事を請け負ったり、融資したりしなければならないのです。ただ、そういう人たちの事情をアタマに入れておく必要があるということです。

プロとして重要なのは、依頼人が「何がしたいのか」「何を求めているのか」を問答を通じて明確に意識してもらい、「そのためにすべきこと(してきたこと)」との間にズレがないどうかを検討することであり、必ずしも自分のビジネスや専門分野での最適解に当てはめることではないと思われます。

また、「何がしたいのか」「何を求めているのか」という積極的な点を明らかにする一方で、「何を失ってはいけないか」「どこだけは絶対に譲れないのか」という消極的な点も明確にしておく必要があります。なにぶに相手のあることであり、思いどおりにいかないのがむしろ自然だからです。

相手は何がしたいのか、何を求めているのかを探る

争いが起こるにせよ、起こらないにせよ、相手(被相続人や他の共同相続人)が何をしたいのか、何を求めているのかを探るのは極めて重要です。

なぜなら、相続は、たとえ肉親でも他人のある問題であり、利害対立の関係にあるからです。

現在の置かれている境遇からそれを予測しつつ、一方であらゆる情報戦を展開して、探ることになります。

それによって、自分の求めているものの障害になっているかどうか、なっているとしたらどのような対応をすべきなのかを考えることになります。

このとき、相手が相続に対する専門的知識をどの程度正確に持っているかをチェックすることは重要です。それは、バックに付いているであろう専門家の力量を見ることでもあります。

争いを起こすことなく自分の求めるものを得るためには、相手の十分でない知識や誤って認識している知識をうまく利用するのも重要となります。もちろん、相手もフェイントをかけて油断させてきているかもしれないこともアタマに入れておく必要があります。

自分の希望どおりになるようにさまざまな手を打つ

ここからが一般的に言われているところの「相続対策」となります。

すでに述べてきたとおり、相続ほどニンゲンの感情がからむものはありません。引き継ぐ人、引き継がせる人、それぞれに思惑があります。相続対策はそのままニンゲンの研究であり対策でもあるといえます。

たとえ水面下であっても争いが避けられないのであれば、正確な知識や情報を得て、その時々で適切なアクションを講じ、場合によっては権謀術数をめぐらして、争いに勝つことが求められます。

関係者に正しい情報を伝えて誤解や先入観を解くことも大切でしょうし、税金を払ってでも生前贈与を受けておいたほうがいいかもしれませんし、「自分に有利な遺言を書いてもらう」ための「啓蒙」活動も必要なのかもしれません。

相続対策とは、ある意味で、国際政治における外交と軍事に似ているのかもしれません。

(おわり)