創業者等のオーナー会社への貸付金についての相続税対策

創業者が有する(非上場)株式の相続税対策(いわゆる自社株対策)については多くの情報がありますが、ここでは創業者によるオーナー会社への貸付金の対策についてコメントいたします。

地味ではありますが、会社への貸付金も相続財産を構成します。ひとつまちがえば、自社株の株式の評価額よりも大きくなることもあります。

この対策は非常に重要と考えられます。

創業者等のオーナー会社への貸付金

報告書形式ではなく、勘定形式(まさに「対照表」形式)のビジュアルによる会社の貸借対照表の右側は、負債および純資産を示しています。 左側が会社の(会計基準上の)資産の価額であり、その調達が右側の負債および純資産となります。

さて、資本(おカネ)の調達に関しまして、自己資本と他人資本という概念があります。

自己資本とは株式を発行して出資によりおカネを調達するものです。株式を発行するためにおカネを出してこれを引き受けた者は通常は株主となるため会社にとっては身内(自己)の調達となります。 そして、このおカネは原則として返済を要しません。

いっぽう、他人資本は借入金等によって他人からおカネを調達するものです。そして、このおカネは返済を要します。

ところで、圧倒的多数の会社は資本(株主)と経営(取締役)が一致しています。そして、創業者(会社の代表取締役となっていることが一般的です。)あるいはその関係者(やはり会社の役員となっていることが一般的です。)は、株主であるだけでなく、会社に対して個人的に資金を貸し付けていることが少なくありません。

この場合、創業者等からすると会社に対する貸付金、会社からすると創業者等からの借入金となります。

さて、一般論からすると、借入金は返済しなければなりませんし、貸付金は返済してもらわなければなりません。 しかし、実情は、銀行等からの第三者からの借入金の返済は約定通りに行っても、創業者等からの借入金については「あるとき払い」、それどころか、約定等すら存在しないことも少なくありません。

創業者等のオーナー会社への貸付金に対する課税

所得税等

創業者等が会社に対して貸付金がある場合、現行法では、そのことだけによって創業者等に所得税等が課されることはありません。

なお、会社が創業者等からの借入金に対して利息を計上している場合、その反射的効果として、創業者等にとってその利息の額は雑所得となるため、原則として所得税の確定申告をしなければなりません。

相続税

創業者等が会社に対して貸付金がある場合、その創業者等に相続が発生した場合には、貸付金は相続財産を構成するため、相続税の計算の基礎となる課税金額に含めなければなりません。

ちなみに、法人税の申告にあたっては、勘定科目の内訳書を添付することになっていますが、借入金の内訳についても税務当局に明らかにしているため、相続税の申告でこれを含めないとすぐに申告モレを指摘されることになります。

創業者等のオーナー会社への貸付金に対する対策の必要性

株式の場合

創業者等が会社の株式を持っている場合、その創業者等に相続が発生した場合には、その株式は相続財産を構成するため、相続税の計算の基礎となる課税金額に含めなければなりません。

この株式については、ほとんどの場合は上場していない株式のため、市場で売ることによって換金ができないばかりでなく、買う人を見つけることも困難です。

つまり、相続税は課税される財産であるものの、それによって負担する相続税の納税資金がない可能性があります。

この株式の評価額については、相続発生時の価額となります。上場していないため、逆に決算対策等によって株価はそれなりに自由にコントロールできます。そこで、この非上場株式の株価対策というのが、相続税対策の重要なひとつとなります。

貸付金の場合

いっぽう。創業者等が会社に対して貸付金がある場合も、株式と同様に貸付金は相続財産を構成するため、相続税の計算の基礎となる課税金額に含めなければなりません。

ここで悩ましいのが、この貸付金も(非上場)株式と同じく換金可能性が困難なのですが、債権そのものだけに、株式の評価額のように株価でコントロールできません。

よって、創業者等の相続税対策としては、貸付金を減らすということが重要になってきます。

この点、「貸付金が減ったところで、それは貸付金が現金に換わっただけだから、相続財産の価額としては同じわけで、なんら相続税の対策になっていない」という批判が考えられます。

しかし、遺産分割の点でも、貸付金という債権よりも現金の方が分割はしやすいですし、貸付金が現金になるということは相続税の納税資金は確保されているということになります。

しかも、法人税の申告での勘定科目の内訳書によって、借入金の内訳について税務当局にアピールすることができるのです。 110万円をあえて超える金額で贈与税の申告をすることと同じです。

税務申告は単に税金の計算だけではありません。税務当局に対する(中長期的な)プレゼンテーションの意味もあるのです。

(対策1)会社が他人(推定相続人など)から資金を借り入れて、創業者等に返済する

おカネに色はついていません。そこで、会社が創業者の家族などの他人から資金を借り入れ、その資金で創業者等の返済をします。

ただ気をつけたいのは、その創業者の家族などの他人が会社に貸し付ける資金が、本当にこれらの方の資金なのかということです。

(対策2)創業者等が他人(家族など)に資金を貸付け、その他人が会社に貸付け、会社はその資金で創業者等に返済する

創業者等が家族におカネを出して、家族が会社におカネを貸付け、会社はその資金で創業者への借入金を返済する(いわゆる「クルッと回す」)方法では、創業者等の会社に対する貸付金が、創業者等の家族に対する貸付金になるだけです。創業者等の相続財産にはなんの影響もありません。

しかも、家族との間でキチンと貸付借入関係が存在するようにしておかないと、最悪の場合、家族に対する贈与とされるリスクすらあります。

メリットがあるとすれば、法人税申告での勘定科目の内訳書からは非開示になる効果しかありません。

ところで、相続人(創業者等の家族)の立場から考えてみましょう。オーナー会社への貸付金債権を相続した場合と、創業者(親等)の自分に対する貸付金を相続した場合です。

どちらも相続財産として相続税が課されるのは同じです。しかし、親が貸主(貸付金)で子が借主(借入金)である債権を子が相続すると、いわゆる混同(民法520条)によって消滅します。なお、混同によって消滅するから相続財産にはならないということはありません。

さて、相続人にとって、被相続人(親)の自分に対する貸付金債権を相続した場合、被相続人(親)に対する借入金債務は消滅しますが、貸付金債権に相続税は課税され、相続税は原則として現金で納税します。金額によっては納税資金の問題が発生します。実質的効果としては、被相続人(親)からの借金の一部を国に返済して帳消しになったような状態となります。

いっぽう、相続人にとって、被相続人のオーナー会社に対する貸付金債権を相続した場合、オーナー会社から貸付金を返済してもらうことができます。

どちらが有利なのか、これはつまるところオーナー会社の資力によります。オーナー会社への貸付金債権を相続しても、オーナー会社が返済能力がない場合には、結局不良債権を引き継いだことになります。

(対策2)他人(推定相続人など)に対して給与(役員報酬等)を支給して、資金をねん出する

会社に創業者等に対する借入金の返済資金が十分でない場合には、他人(相続人など)に給与(役員報酬等)を支給して、その資金を会社が借り入れることで創業者等に返済するという考え方があります。

「それなら給与なんか出す必要ないじゃないか」

おっしゃるとおりでございます。しかし、給与を出さないと、会社の利益がたくさん出てしまい法人税等の負担が重くなるというジレンマがあるわけです。

そのため、「役員報酬を受け取ることによってその会社の利益を圧縮して法人税等の負担を減らしつつ、会社の運転資金を賄うために会社に資金を貸し付ける」というスキームが長年あり、このことこそが、創業者等からの多額の借入金の残高がある大きな原因のひとつなのです。

さて、ここで考えなければならないのが、近年の税制改正です。

近年の税制改正

役員報酬を受け取るということは、個人事業主(まさに自分と一心同体)とは異なり、法人という別人格が事業で得た資金を受け取る手段であり、そこで給与所得として所得税等が課されるのです。つまり、おカネが法人から個人に移動するときに税金がピンハネされるということです。

さて、近年の税制改正で、給与所得控除額(国が定めた給与所得者の必要経費)の上限打ち止めがどんどん低くなり、役員報酬を上げれば上げるほどまるまる課税されることになります。

さらに、平成27年からはついに所得税の最高税率が45%となり(復興特別所得税と合わせると45.945%)、住民税併せて55.945%、つまり、法人から個人に給与という形で資金を移動すると半分以上が税金としてピンハネされることになります。

それならば、近年の法人税率の引き下げ(もちろん、税率だけ見るのは妥当ではなく、課税ベースの拡大もしていることに注意する必要もありますが・・・)からすると、ムリに役員報酬によって資金移動するのではなく、借入金の返済という形で資金を移動した方がベターという考え方があります。たしかに、役員報酬が減少するということは、その法人の所得金額が増えて法人税等の負担は増えます。しかし、借入金の返済は所得税等は課されません。

このため、創業者等を含めた役員報酬の支給金額の構成を変えたりするなどしながら、全体の役員報酬をどれだけ下げるとどの程度の返済資金がねん出できて返済に充てられるのか、この場合の法人税等の負担額の増加はどうなのか、さまざまなプラスとマイナスの要因を考慮しながら最適のプランを検討します。

重要なのは、その時に最適ならばそれで終了というものではなく、税制改正や他の相続財産の状況等をみながら絶えず修正変更することが必要です。

バラバラに相続税だけ、法人税だけ、所得税だけを考えるのではなく、財産の移動でどれだけの税金が流出し、どれだけが残るのかを検討すべきなのです。

なお、創業者等の役員報酬を著しく減らすのは考えものです。(死亡)退職給与を確保するためには「最終役員報酬月額」が重要となるからです。

(対策3)創業者等が会社に対して貸付金の債権放棄を行う

創業者等が会社に対して貸付金の債権放棄を行います。会社からすると、借入金の債務免除をしてもらうことになります。

この債務免除額は利益となり、法人税等が課されます。「それなら意味がない」と考えるか、「相続税だと55%税金がかかるけど、法人税の実効税率の方が低いからそれもアリか」と考えるかは個々の事案によって異なります。 ただし、後者の場合、この債務免除によってその会社の株価が上昇します。創業者等がその会社の株式を持っている場合、相続税の課税金額が上昇することになります。このマイナスの効果も踏まえる必要があります。

ところが、その会社が過去に赤字を計上している青色申告法人である場合には、債務免除された額の全部または一部について法人税等が課されることなく、相続財産を構成する貸付金の残高を減少させることができます。

なお、青色欠損金があるために債務免除に伴う法人税等の負担が軽減されたとしても、この債務免除によってその会社の株価が上昇することは変わりありません。

万が一、なりゆきで決算をし、「今期は利益が出ましたけど、過去の赤字で相殺されて法人税は発生しなくてよかったですね。でも、期限切れで終わってしまう欠損金があるのでちょっともったいないですね」で終わってしまうのはおそろしいことです。

債務免除と青色欠損金

青色申告法人の最大のメリットの一つは、赤字(より正確には、法人税の計算の基礎となる法人所得の赤字です。以下「欠損金」といいます。)を翌事業年度以降に繰り越して、翌事業年度以降の黒字(より正確には、法人所得)から控除することができるというものです。

ただし、青色申告法人が繰り越すことのできる欠損金(以下「青色欠損金」といいます。)には、繰り越すことができる期間と、控除できる金額に制限があります。

繰り越すことのできる期間

10年です。より正確には、法人の各事業年度の開始の日前10年以内に開始した事業年度で、青色申告書を提出した事業年度に生じた欠損金額が、その各事業年度の所得金額の計算上で損金に算入されます。

なお、2018年(平成30)年4月1日以後に開始する事業年度において生ずる欠損金額の繰越期間は10年ですが、それ以前の日に開始する事業年度では9年となります。

控除金額の制限

複数の事業年度にわたって青色欠損金(のうち控除未済の額)がある場合には、最も古い事業年度において生じたものから控除します。

中小法人(資本金1億円以下の法人)のうち、資本金5億円以上の法人の100%子法人(子会社)でない法人については、所得が生じる事業年度について控除できるのは、その所得の金額の全額です。つまり、その事業年度の所得金額はゼロとなり法人税等の負担はありません。

しかし、それ以外の法人は、所得が生じる事業年度について控除できる額に制限があるため、繰り越されている欠損金額が(繰越控除前の)所得金額を上回っていても、その事業年度の所得金額はゼロとはならず、法人税等の負担が生じます。具体的には、2018(平成30)年4月1日以後開始事業年度からは、繰越控除前の所得金額の50%が限度となります。

このことは、(控除前の)所得の金額がある場合には必ず法人税等の負担が生じるばかりでなく、長期的には、控除できる青色欠損金の額が制限されるため10年の期限切れになってしまう青色欠損金が発生しやすくなります。

「それならば減資しようか」「するならいつにしようか」といった新たなアイデアなどが生まれてくるわけです。

( おわり )